• お待ちかね(待っていた人はいないかもしれないが)の『ナガの旅【ラヘー編】』を始めます。ナガから帰ってきてもう2ヶ月くらい経つので、ちょっと記憶が怪しくなってきた。今のうちに書いとかなければ。といっても、長い文章は途中で挫折する可能性が高いので、文章は簡単にその代わり写真はたくさんにするつもりだ。
     
    4月5日の夕方、ヤンゴンの長距離バスターミナル「アウンミンガラ」に着いた。ここがナガの旅への出発点。同行者はヤンゴン在住の清岡さんと渡辺さんだ。ナガに行くにはいくつかのルートがあるが、今回はヤンゴンからマンダレーは夜行バス。マンダレーから飛行機でチンドウィン川沿いの町カムティーへ飛び、カムティーからナガの大きな村ラヘーまでトラック。ラヘーからはバイクで村めぐりというルートだ。
     
    今日は初日のヤンゴンからカムティーまでの写真を紹介。
     
    まずは、アウンミンガラ長距離バスターミナル。夕方だが、4月なのでうだるような暑さ。我々が乗るバスは、NEW YORKERと書かれた派手なペイントでバス。
     
    アウンミンガラ長距離バスターミナル
     
    バスの中に入った。けっこう新し目のバス。どうも中国製バスのようだ。ミャンマーで一番多いバスは日本の中古バス。次は韓国のバスだ。ミャンマーで中国製バスに乗るのは初めての経験。ぱっと見はちゃんとしているが、シートのすわり心地やバスの振動などいまいちだ。エアコンはちゃんと効いていた。
     
     マンダレー行き中国製バス
     
    バスは18時頃に出発。ヤンゴン郊外を出るとすぐに有名なネピドーハイウェイに入るかと思ったら、なぜかバゴーまで一般道を走り、時々、乗客を乗せる。安いバス(マンダレーまで13,000チャット)にしたからだろうか?と思っていたらバゴーを過ぎてハイウェーに入った。
     
    ハイウェーといっても路肩を牛や人が歩いているので、ちょっと広い一般の道路。ずっと直線が続く。このヤンゴン・ネピドーハイウェイは交通事故が頻繁に起こる道路でもある。毎月のように死亡事故が新聞に出ている。標識がよくない、アスファルトではなくセメントなのでタイヤがバーストする、牛が急に出てくるなどいろいろと原因があるようだ。
     
    うとうとしていると、急に明るくて広い場所に着いた。時間を見ると22時前。夜食タイムのようだ。ここはどこ?と、寝ぼけ眼の私はキョロキョロしてしまった。
     
    ここは「115マイル」と呼ばれているサービスエリアだったのだ。それにしても、広いしきれいな建物がずらーーと並んでいる。そこに何十台ものバスが停車している。ここがミャンマーなんて信じられない。ちょっと前のマンダレー行きのバスが夕食をとっていた場所なんて、「ALWAYS 三丁目の夕日」の世界だったのに。これじゃ、日本のサービスエリアよりも立派だと、感激してしまった。
     
    とりあえず、バスが止まった前にあるしゃれたレストランに入りシャンカウスエ(シャンヌードル)を食べた。
     
     115マイル サービスエリアのレストラン
     
    115マイルにいるとどこにいるか分からなくなるが、やはりミャンマー、僧侶がいた。午後は食事禁止の僧侶、みんなの食事風景を眺めているだけだ。
     
     115マイル サービスエリア。僧侶は午後は食事禁止。
     
    40分ほど115マイルに滞在し、バスは出発。どこでも寝ることができる私はすぐに寝てしまった。物音に気がつくと、もうマンダレーに着いた。時間は3時過ぎ。マンダレー在住のガイドは5時頃にバスターミナルに来ると言っていたので、ここでしばらく時間をつぶすことになった。
     
    マンダレーのバスターミナルはいつもの薄汚れたミャンマースタイル。安心した私たちは、薄汚れたラペッイエサイン(喫茶店)でボーと時間を過ごした。というわけにはいかなかった。友人に頼まれていたレストラン用の日本語ロゴ作成が終わってなかったのだ。ノートパソコンで私一人苦闘していた。
     
    朝5時になり、ガイドのウェミンさんが到着。マンダレー在住の彼は辺境地が得意分野で、チン州で植物調査のガイドをしたり、東南アジア最高峰のカカポラジのベースキャンプにも行ったことのある人だ。ナガは初めてらしく、彼もナガに行けるのが嬉しいようだ。
     
    ミャンマーでは外国人が立ち入るのに許可が必要な地域がまだたくさんある。特に辺境地は多い。入域許可はミャンマーの旅行会社を通じて申請する。許可の条件としてはライセンスガイドを連れていかなければいけない。ということで、辺境地に行くにはけっこう金がかかる。
     
    早朝のマンダレー、車はすぐに空港に着いた。マンダレー空港は私は12年ぶりだ。イタリアの会社の設計による近代的なマンダレー空港、以前は客が少なくて空港ビルのほとんどの部分は使われてなかったが、今はやっと日の目を見ることができるようになった。
     
    マンダレー空港 
     
    出発ゲートの待合室でカムティー行きの飛行機をしばし待っていると、小さな少年が待合室を走り回っていた。声をかけると、愛嬌たっぷりにカメラを覗きこんだ。
     
     マンダレー空港にいた愛嬌いっぱいの少年
     
    カムティー行き飛行機は毎週日曜日のみだ。これが欠航になると1週間待たなければいけない。カムティーには船でも行ける。モンユワからボートでチンドウィン川を遡る。モンユワからカムティーまで2泊3日ほど。夜の運行は危険なので、船着場で停泊することになる。こうした理由もありボートでは時間がかかる。
     
    飛行機がやってきた。Sun Far Travel と Myanma Airwaysとの共同運航便だ。Sun Far Travel は昔はエアチケット販売会社だったが、今では共同運航便を飛ばすような会社になっていた。
     
     カムティー行き飛行機がマンダレー空港に到着
     
     10時10分に飛行機は離陸。昼食にパンが出てきて、おいしくいただいた。「ミャンマーの昔と今とで何が変わった?」という質問をよく受けるのだが、「パンとケーキがうまくなった」と最近は答えている。今のパンやケーキがそれほどおいしいということではないのだが、普通に食べられるようになった。それほど昔のミャンマーのパンはまずかった。
     
    カムティー行き飛行機の機内食
     
    私はパンを食べた後、どこでも寝ることができる私はすぐにまたウトウトした。しばらくして目が覚めると、眼下にチンドウィン川が近づいてきていた。もうすぐカムティーに到着するのか、飛行機はどんどん高度を下げていった。
     
    チンドウィン川

    Posted by 後藤 修身 @ 02:25

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