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    深夜の3時半頃だった。ドンドン、ギャーギャー、ウォンウォンと突然ドアの外が騒々しくなった。4階の住人である私は、下のほうでよく猫や犬が大きな鳴き声で騒いでいるのはよく聞いている。でも、今日はドアのすぐ前だ。まさか犬たちが4階まで上ってきた? ドアの覗き穴(ドアスコープ)から外を見ると、金網をよじ登ったネコを4~5匹の犬が威嚇している。ネコは力尽きたのか落ちてしまった。

    落ちたネコを犬が襲った。私はドアを開け、逆さに持ったほうきで犬たちを追っ払った。猫は3階と4階の間にある踊り場に横たわっていた。部屋からダンボール箱を持ってきた私はその中に猫を入れた。猫は力なくニャーとないた。ダンボールの底に血がちょっと付いていたがそれほど出血はしてないようだ。でも、息は絶えだえ。ほとんど動かない。よく見ると、腹のあたりを噛まれてしまったようだ。15分ほど経っただろうか、猫は突然立ち上がり、苦しそうにないた。それが最後だった。もう少し早く私が犬を追っ払えば助かったのに・・・

    翌朝、猫の死体が入っている段ボール箱を持って、いつも世話になっている1階の雑貨屋に相談に行った。息子(といっても40才過ぎ)がいた。

    「かわいそうに。どこかの飼い猫だろう。あそこのゴミ捨て場に段ボール箱ごと置いてきたほうがいい」
    「えっ、ゴミ捨て場? それはかわいそうだ」
    「だってもう死んでるじゃないか」

    ミャンマー人と日本人の感覚の違いだった。ミャンマー人にとっては死体は単なるモノだ。ヤンゴンにある火葬場でも、一部の人を除いて多くの遺族は遺灰を持って帰るなんてしない。そのまま火葬場に処理を任せるのだ。その後、遺灰がどうなるかを何人かのミャンマー人に聞いたが、正確なことは誰も知らなかった。誰も気にしないのだ。

    ヤンゴンに住んで3年になる私だが、猫をゴミ捨て場に捨てることはできなかった。結局、アパートの裏の空き地に鍬を借りて穴を掘った。相談した彼のお兄さんが手伝ってくれた。猫の上に土と落ち葉をかぶせたら、回りと見分けがほとんどつかなくなった。

  • 宗教, 社会 2014/12/17 1 Comment

    昨日の夜、タクシーで友人の家に向かった。7時過ぎ、ヤンゴンの道路はいつものように渋滞して車はなかなか進まない。

    ヤンゴンはどこも渋滞

    ヤンゴンはどこも渋滞

    「日本の車のGPSは、混んでいる道路がわかかるんだって?」
    「そうみたい。リアルタイムでわかるから、どこを通れば早く着くかもわかかるよ」
    「そのGPS、ヤンゴンじゃ役に立たないね。全ての道が混んでるから」
    「はははははー」

    と、おしゃべり好きな運転手とビルマ語で会話が弾んだ。といっても、私の子どもビルマ語に根気強く運転手が付き合ってくれたからだ。次は日本人についての話題になった。

    「日本人は真面目でいい人たちなんで、オレは大好きだ」
    「いやいや、日本人でも悪い人はいっぱいいる。いい人はいい人、悪い人は悪い人、ミャンマー人と同じだよ」
    「そうだそうだ! 世界中どこの国も同じだ」

    と、運転手。当たり前の結論に妙に強く納得していた。そろそろ友人宅に近づいたが、また渋滞に引っかかった。

    「日本じゃキリスト教が多いのか?」
    「いや、仏教が多いよ。でも、ミャンマーの仏教とはだいぶ違う」
    「同じ仏教だろ。何が違うんだ?」
    「日本の僧侶は結婚もして、酒も飲むんだよ」
    「ありゃー、本当か?」

    車のダッシュボードには仏像が置かれていた。ミャンマーのタクシーではよく見かけるスタイルだ。しばらく、日本とミャンマーの仏教の違いで話が盛り上がった。

    「ミャンマーの仏教では男は一度は出家するんだよ」
    「カーサヤー(運転手)は最初に出家したのはいつ?」
    「いや、出家したことはない。実はオレ、ムスリムなんだ」
    「えええええー、その仏像は?」
    「ははは、普通のことだよ」

    ちょうど、車は友人宅前に着いた。もっと話を聞きたかったが、運賃を払ったら車はそのまま去っていった。お金を支払った時にちらりと見た顔は、インド系というよりビルマ系の顔だった。

    仏像を飾るムスリム、ミャンマーだけかもしれない。

    注)2013年、ミャンマーで反イスラム暴動が各地で起きた。その後、イスラム排斥運動も盛んになり、ムスリムが経営する店やタクシーを拒否する仏教徒が増えた。今回の運転手も仕事のため仕方なく仏像を飾ったのだろう。

  • ミャンマー人の友人から仏教の本(PDF版)数冊がメールで送られてきた。1年近くミャンマーに住んでいるのに、私に信仰心のかけらも見えなかったからなんだろう。ビルマ語(ミャンマー語)の本を読めない私は、一番簡単そうな英語の本をGoogleの自動翻訳を利用して読むことにした。METTAの瞑想について書いた本だった。

    友人が送ってきてくれたMETTAの本

    友人が送ってきてくれたMETTAの本

     METTAは元々はパーリ語で、直訳すると「慈悲」だ。ビルマ語だとミィッターと発音する。上座部仏教の瞑想法というとウィパッサナーが有名だが、素人にはかなり難しい。でも、このMETTAはえらく簡単だった。「平和で幸せでありますように」という言葉を唱えるだけだ。別にパーリ語で唱える必要はない、自分の母国語(日本語)で十分らしい。ただし、自分だけが平和で幸せになればいいというわけじゃない。

    私は平和で幸せでありますように。
    尊敬する人が平和で幸せでありますように。
    親しい人が平和で幸せでありますように。
    知っている人が平和で幸せでありますように。
    嫌いな人が平和で幸せでありますように。
    私を嫌っている人が平和で幸せでありますように。
    全ての生き物が平和で幸せでありますように。 

    「全ての生き物」は漠然としすぎているので、唱えるだけだったら難しくはない。でも、「嫌いな人」「 私を嫌っている人」は難しい。あの人やこの人やらの顔が出てきた。その人達に「平和で幸せでありますように」なんてとても言えない。けど、始めたからにはMETTAを終わらせないと。

    嘘でもいいやと、我慢して何度か心の中でつぶやいた。うん? ちょっと変。頭に浮かんだあの人の険しい顔がほんの少しやわらかくなった。言霊とはよくいったものだ。心がこもってなくても言葉に出すだけで人に影響するんだ。でも、今回の大きな問題はこの嫌いな人ではなかった。

    翌日、トイレに入るとゴキブリが一匹、床の上でじっとしていた。いつものことなので、Made in Thailand のゴキジットを噴射しようとした。でも、噴射しない。あれ、どうして? 変だ。突然、「全ての生き物が平和で幸せでありますように」という昨夜の言葉が蘇ってきた。その影響で私の指先が止まってしまったのだ。それを振り払うように、えいっと一吹き。ゴキブリはトイレの角にあったレンガの裏に姿を消した。

    今回使用したタイ製の殺虫剤

    今回使用したタイ製の殺虫剤

    また翌日、トイレに入るとひっくり返ったゴキブリが一匹いた。ピクリともしない。
    「かわいそう・・・」
    生まれて初めてゴキブリに対してこんな気持ちになった。「全ての生き物が平和で幸せでありますように」は、全然気持ちを入れずいい加減に唱えただけなのに、こんな気持ちになるなんて。恐ろしやMETTA。

     その日、ミャンマー人とゴキブリの関係をヒヤリングすることにした。4人のミャンマー人(女性3名、男性1名)に、「もしゴキブリに出会ったらどうする?」と聞いてみた。女性は3人とも殺さないと言った。まず、家に入ってこないように工夫をする。入ってきたら、生きたまま外に逃がすという。男性一人は違った。

     「殺虫剤でやっつければいい。中国製じゃなく、タイの殺虫剤がいいな」と彼は聞いてもないのに殺虫剤の種類まで答えた。でも私からの一言、「METTAって知ってる?」は効果抜群だった。彼の目が宙を舞った。比喩ではなく、本当に宙を舞っていた。あんなにオロオロしている人を見るのは初めてだった。どもりながら、「さっ殺虫剤をかけすぎると死ぬから、ちょっちょっとだけ」最初の主張とは違い、生きたまま外に逃がすんだと力説した。

     あとで日本語の達者なミャンマー人の友人にMETTAについて聞いてみた。実際のMETTAはもっと大変だった。「平和で幸せでありますように」だけではなく、全部で4フレーズある。それに、東西南北(北東や南西などを含めて)で全8方向、上下に2方向で全部で10方向に向かって唱える。全部やると30~40分くらいかかるらしい。友人曰く、高校生のときに毎日真面目にMETTAをやっていた(ビルマ語だと、ミィッターを送るという)ので、心が穏やかで毎日が幸せだったという。

     私はまだその境地まで遥かに遠いが、ゴキブリにはほんの少し憐れみも感じるようになった。そのおかげなのか、最近ゴキブリとの出会いが増えた。今はまだそのたびに葛藤し動揺している。いつの日かゴキブリにも静かな心で接することができるようになるんだろうか。

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