• ミャンマー人の友人から面白い話を聞いた。タンシュエが女性用ロンジー、それも結婚式などで着る派手な模様のものを着ているというのだ。いくらなんでも、そりゃ冗談だろうと思ったが何と本当だった。

    タンシュエのスカート問題 (Irrawaddy News)

    ちょっと恥ずかしいタイトルと共に写真も出ている。2月12日のユニオンデーにタンシュエならびに軍の高官らがみな女性用ロンジーを着ている映像が国営テレビの画面に出てきたという。 女性用ロンジーを着た理由としてビルマ語で yadaya と書いている。ミャンマー人の友人によると、悪いことが起きないように前もって行う行為だという。日本語だと「お祓い」に近そうだ。ここでの悪いことというのは、アウンサンスーチーの影響力だ。

    アメリカのレーガンのように、国の権力者が占いに頼るというのはよくある話だ。でも、それが事実だとしてもあまり口外しない。それが、ミャンマーの場合は堂々と国営テレビの映像にもなっている。これには、いいも悪いもなく、ただ感心した。

  • 今週の火曜日、8日に東京での講演を聞いたロス・ダンクリー氏がヤンゴンで逮捕されたというニュースが入ってきた。

    http://www.mizzima.com/news/breaking-and-news-brief/4876-myanmar-times-publisher-arrested-in-rangoon.html
    http://www.monstersandcritics.com/news/asiapacific/news/article_1618824.php

    10日、木曜日に逮捕となっている。逮捕理由はオーバーステイとマリファナ所持だったとミャンマータイムスのスタッフが語ったらしい。火曜日に東京で講演をして木曜日にヤンゴンで逮捕?急すぎる。それに、ミャンマーのビザが1月6日に切れてそれ以降発行してもらえないので入国できないとダンクリー氏本人が講演の中で言っていた。その2日後にヤンゴンである。そんなに早くビザが発給されたのだろうか。でも、この記事はガセネタとも思えない。

  • エジプトでムバラク大統領が辞任した。20年前のソ連東欧の共産国崩壊を見ているようだ。

    ところで、この共産主義国崩壊の先駆けといえるようなことがビルマで起こった。1988年の民主化運動だ。それまでネウィン独裁で社会主義国だったビルマがささいなことをきっかけに大きな暴動、民主化運動に繋がった。その結果、ネウィン独裁と社会主義は消え去ったが軍事クーデターにより軍政になってしまった。その翌年1989年、中国で天安門事件が起こる。ビルマと同様に軍が発砲し多くの犠牲者を出し、共産党は生き残った。しかしその翌年、1990年にはベルリンの壁崩壊、1991年にはソ連崩壊へと繋がっていった。

    それから19年後、2007年にミャンマーで僧侶を中心とした大規模な民主化デモが起こる。このときも軍が発砲しデモは失敗に終わった。その翌年2008年、チベットで大規模な反政府運動が起こる。これも軍によって力でねじ伏せられた。そして今回のチュニジア、エジプトの民主化だ。

    大規模なデモがまずミャンマーから始まり次に中国、そして世界へという流れが20年を隔てて同じように起こった。ミャンマーと中国では失敗したというのも同じだ。単なる偶然か、はたまた何か因縁でもあるのだろうか。

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  • 2月8日昨日、笹川平和財団主催の「現地ジャーナリストが見たミャンマー情勢とその行方」という講演会に行ってきた。
    http://www.spf.org/spaf-j/news/article_6610.html

    ミャンマーで唯一の外国資本によるメディア「ミャンマータイムス」のCEO兼編集長、ロス・ダンクリー氏の話だ。メディア規制が厳しいミャンマーでそれも外国人として10年ミャンマーでメディア活動続けてきた人の話で興味深かった。冒頭、ミャンマーでのビザの話から始まった。1月6日にビザの期限が切れてそれ以降発給してもらえないというのだ。ダンクリー氏曰く、これは大した問題ではない、今までこれよりずっと困難にぶつかってきたがそれらを乗り越えてきたというのだ。

    ダンクリー氏は1990年代にまずベトナムでメディア活動を始め、2000年からミャンマーで本格的に活動するようになった。3年前にはカンボジアで当地の雑誌を買収し、今では大きく成長したという。ミャンマーでは8年前から日刊紙の発刊の申請を出しているが、ずっと無視されてきた。2004年にはミャンマータイムスを一緒に立ち上げたミャンマー人の共同経営者が投獄されるということもあった。また、軍政の検閲の中で出版活動をすることで「軍政の娼婦」と避難されることもあったという。

    それだけ困難な仕事なのになぜ続けてきたかというと、規制が厳しいから止めてしまっては何も変わらない。妥協しながらでもミャンマー国内で活動を続けることに意味があるという彼の言葉だった。

    去年の選挙に関しては、かなり高く評価していた。一般のミャンマー人も自由に立候補でき、カンボジアの選挙よりミャンマーの選挙のほうが活気があったという。不正はなかったのかという質問に関しては、軍政は50%以上の当選を目指しかなりやばいことをやったが、違法行為を行ったという証拠は持っていないという。アメリカの選挙でブッシュやニクソンが行ったことを考えると単にダーティーだったと避難することはできないという。また、選挙後の国民の雰囲気が以前と変わり、新しい空気を感じるようになったという。

    欧米の経済制裁については否定的だった。経済制裁は民主化には役立たなかったし、国民の貧困化に繋がっただけだという。それに、経済制裁で中国の影響力が非常に強くなった。そういった意味で、アメリカはミャンマーの地政学的な重要性を理解していないと嘆いていた。

    軍政には、今までメディアの自由な活動についてほとんど理解してもらえなかったという。要人とのインタビューもできないし、国会の議場にも入れないという。「カンボジアのような小国でも自由に報道ができる」と言っても、軍政には取り合ってもらえなかった。「ミャンマーにはミャンマーのやり方がある」という姿勢だ。なかなか変わらないミャンマーではあるが、それでも少しずつ変わってきているという。今度の選挙もそのひとつだった。これからもそうだろう。

    他にもいろいろと興味深い話はあったが、以上がその中で印象に残った話だった。

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  • 一昨日、ヤンゴンに住むミャンマー人の友人とSkypeチャットをしていたら、急に徴兵制の話題になった。

    ミャンマー 徴兵制の導入決定(NHK)
    http://www3.nhk.or.jp/news/html/20110107/k10013275631000.html

    これによると、対象者は男性は18〜45歳、女性は18〜35歳という。友人の彼は30代後半でこの年齢に引っかかっている。非常にショックのようだった。ミャンマー国内では徴兵制に関する報道がなく、この時点では噂ばかり広がっていた。

    今日のチャットでまた徴兵制の話題になった。昨日あたりからミャンマーでも報道されるようになったという。男性18〜45歳といっていたのが、35歳までになったらしい。それに、当初は失業者を優先的に徴兵するという話が出ているらしい。海外でのニュースはと探すと、ここが詳しかった。

    Military draft seen as threat to ethnic armed groups(MIZZIMA NEWS)
    http://bnionline.net/news/mizzima/10000-military-draft-seen-as-threat-to-ethnic-armed-groups.html

    ・一般の軍務の場合、男性18〜34歳、女性18〜26歳で最高2年間
    ・技術系の軍務の場合(医者、エンジニア、メカニックを含む)、男性18〜44歳、女性18〜33歳で最高3年間
    ・免除される者は、宗教関係者、主婦、その他適切でない者、recruitment central committeeから免除された者
    ・延期できる者は、公務員、学生、両親の世話をする者、薬物リハビリ中の者、囚人

    というようにここでは書かれている。ただ、「法律は全国を含むとは書かれていない。その地方の状況に依存するかもしれない」と専門家が発言している。

    徴兵制をWikipediaで調べたら、世界で67カ国というからけっこう多い。アジアでは韓国、北朝鮮、台湾、中国、タイ、マレーシア、シンガポール、ベトナムなどがそうだ。それに、ミャンマーの従来の法律には「法律上は形式的に兵役義務が規定されているものの、実質的には徴兵制度が存在しない」 と書かれていた。

    ミャンマーの場合は実際に国内で少数民族との間で戦いが行われている。友人がショックだったのも十分理解できる。

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