• 2004年に失脚したキンニュンのビデオ映像がネットに流出して話題になっている。

    http://www.youtube.com/watch?v=1AVuxxCJ1S4

    1週間ほど前に突然FaceBook に流出したのが最初で、上記のYoutubeの映像はそれをBurma Todayが編集してアップしたものだ。映像は音声が入ってないので、いつ撮影したか、誰が何の目的でFace Bookに投稿したかはわからない。

    ビデオを見ると、キンニュンの自宅に軍の高官2名が訪問し、その後キンニュンと夫が車で政府のゲストハウスを思われる場所まで高官らと一緒に車で移動している。そこで和やかに話をしている様子がしばらく流れ、ビデオは終わる。

    軍事政権の中では最も「開明派」と海外から評価されていたキンニュンは、90年代の少数民族との交渉で力を発した。ただ、軍の秘密情報部のトップだったせいか国民には評判がよくない。選挙が終わった後に突然出てきたこのキンニュンの映像、何か意図があるのだろうか?

  • t-yamaさんからのコメントで、私ももう一度ミャンマーの選挙について考えてみた。

    まず、今の軍政への支持率はどうなんだろう。私も現地では軍人にずいぶんと助けてもらった。個人的にはまじめな人が多い。地元の人たちの間でも場所によって評価はいろいろだが、警察よりは軍のほうがまともだと言われる場合が多い。でも、今の軍事政権を支持する人は少ない。私が現地の人たちと話をして感じた「感覚」だと、積極的に支持しているのは数パーセント、他に受け皿がないからということで消極的支持が20%くらいじゃないだろうか。90年代は反軍政でスーチー支持が圧倒的に多かったのが、最近は軍政への消極的支持が多少ながら出てきているように感じる。

    軍人とも直接話したことは何度もあるが、軍政をどう思うなどときいてもさすがに外国人の私には正直には答えてくれない。ただ、ミャンマー人の友人の話だと、昔の同級生が軍の将校クラスに何人かいて、心情的には今の軍政を支持しないという将校も多いそうだ。

    一般の人たちは反軍政が多いが、反軍政といっても反国軍ではないようだ。軍はきらいじゃないけど、タンシュエがきらいといった感じだ。それに、1988年や2007年に軍が国民に銃を向けたという事実は消えない。しかし、このあたりの感情は地方に行くとまた違ってくる。民主化云々以前に、ビルマ族に支配されるのがいやだという話が出てくるから複雑だ。

    そんな人気のない軍政が行った今回の選挙、結果は軍政側のUSDPが圧倒的に勝ってしまった。アジ研の工藤氏による選挙結果の詳しいデータと考察がこちらにある。

    http://www.ide.go.jp/Japanese/Research/Region/Asia/Radar/20101122.html

    ミャンマーの場合は軍政といっても、中国の共産党のように全国を厳しく統制するような組織力はない。ここにも書いているように、一部の地域では比較的公正な選挙が行われ、一部の地域では動員や不正があったというのが事実なんだろう。

    じゃあ、ミャンマーの選挙が欧米諸国が言うように国際的に認められないかというと微妙だ。中国や同じASEANのベトナムやラオスは選挙そのものをやってない。それでも、経済制裁しようなどとの声はどこからも上がってこない。それに、一般的には民主主義だと思われているシンガポールなどは不正選挙の見本のようなもだ。

    http://ja.wikipedia.org/wiki/%E3%82%B7%E3%83%B3%E3%82%AC%E3%83%9D%E3%83%BC%E3%83%AB

    これはミャンマーの選挙よりもひどいかもしれない。でも、国際的にはどこも非難しない。世界中がダブルスタンダードになっている。
  • 選挙の集計結果が出てきた。上下両院と地方議会の全1154議席のうち以下の数字になった。

    USDP 883 Union Solidarity and Development Party(軍政側)
    NUP 63 National Unity Party (ネウィン時代の社会主義政党)
    NDF 16 National Democratic Force(NLDから分派)
    SNDP 57 han Nationalities Democratic Party(シャン族)
    RNDP 35 Rakhine Nationalities Development Party(ラカイン族)
    AMRD 16 All Mon Region Democracy Party(モン族)

    結果を見ると軍政の圧勝だが、日本でも報道されているようにかなり不正が行われたようだ。

    ということで、ヤンゴンの友人とSkypeでチャットしてみた。ミャンマー人男女で両方とも30代だ。

    私:選挙に行った?
    男:行かなかった。みんな騙された。
    私:選挙に行ったのはどれくらい?
    男:6割くらい
    私:今、おばさんの人気はどれくらい?  (注 おばさんとは、スーチーさんのこと)
    男:6割くらいかな
    私:昔よりだいぶ少なくなったな
    男:年をとってきたことと、今までは何もできなかったから
    私:4割の人はあきらめた人?
    男:何も起きないからあきらめた
    私:何も期待しない?
    男:そう
    私:おばさん以外に期待できる人は?

    男:いない

    次は女性

    私:選挙に行った?
    女:行きましたよ。
    私:NDF?
    女:もちろん。家族全員そうです。騙されると分かってましたが、入れないと後悔するので。
    私:その人は勝った?
    女:勝ちました。でも、NDF自体は負けました。選挙の前から分かっていた。
    私:USDPに入れた人はどれくらいいると思う?

    女:3割くらい。でも本気で入れた人は1割くらいでしょう。

    というチャットだった。

  • アメリカの対ミャンマーの政策変更についてのニュースが飛び出てきた。
    ええええええーーー??!!
    驚きだ。たとえば、

    http://sankei.jp.msn.com/world/america/090924/amr0909241911011-n1.htm

    【ニューヨーク=有元隆志】クリントン米国務長官は23日、国連で開かれたミャンマー問題に関する外相会合で、同国との直接対話に踏み切る方針を表明した。オバマ大統領が昨年の大統領選から掲げてきた「敵対国家」との対話の一環で、軍政支配を「圧政の拠点」と位置づけ、制裁を強化してきたブッシュ前政権からの政策を転換した。

    クリントン長官は会合後、記者団に対し、軍政側に民主化運動指導者アウン・サン・スー・チーさんを含む政治犯の即時・無条件の解放や、野党との対話を求めていく目標に変更のないことを強調した。そのうえで、「制裁は引き続き重要だが、関与か制裁かの選択は誤りで、2つを用いていく」と述べた。

    国務省高官によると、近く対話を担当する特使を任命する。高官は直接対話を決めた理由について、「(軍政側が)ここ何年もの間では初めてわれわれとの関係改善に関心を示した。(民主化要求などの)目標達成に有益と思われる」と説明した。

    オバマ政権は2月からミャンマー政策の見直し作業を続けてきた。

    米ミャンマー間では、ウェブ上院議員が8月にミャンマーを訪問し、スー・チーさんと面会したほか、軍政トップのタン・シュエ国家平和発展評議会議長と会談した。ウェブ議員は5月にスー・チーさん宅に侵入し、禁固7年の有罪判決を受けた米国人の釈放を要請し、男性を伴い出国した。

    ミャンマー関係では久々のビッグニュース。国務長官が公式に発表するくらいだから、裏ではアメリカと軍政の間である程度の話し合いはついているのだろう。ただ、スムーズに対話が進むかどうかは分からない。

    ミャンマーとの関わりが長いと人は用心深くなる。ぬか喜びに終わった経験を何度か返してきて、素直に希望を持てなくなるのだ。ヤンゴン在住のミャンマー人とこの話をしたが、相手は非常にクールだった。

    今回も、米議会がどう動くか不明だし、アウンサンスーチーの声もまだ聞こえてこない。アメリカは彼女を切るつもり?または、軍政も彼女もお互いに妥協?来年は選挙が予定されているし、これからミャンマー情勢がいろいろと動きそうだ。

  • 11月7日に「20年目の軍事政権:いまミャンマーで何が起きているか」というセミナーがある。
    http://www.spf.org/newsevent/071017.html

    パネリストは、
    工藤年博 JETROアジア経済研究所 主任研究員
    伊野憲治 北九州市立大学大学院基盤教育センター 教授
    土佐桂子 東京外国語大学外国語学部 教授
    丸山市郎 外務省総合外交政策局 外交政策調整官

    という、非常にバランスの取れた人選で、議論も深まりそうだ。センセーショナリズムや表面的な面白さだけを狙ったマスコミの報道に辟易している方はぜひ見に行ってほしい。

    ところで、31日にパコグーで100人以上の僧侶によるデモが起こった。
    http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071031-00000217-yom-int
    パコグーというと、今回の大規模なデモの始まりとなった町である。

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