• 今日、ヤンゴンに住むミャンマー人の友人とチャットをした。去年のサイクロン以後、ボランティアで現地に何度も行っている人だ。その彼がひさしぶりに現地の学校に机などの備品を届けに現地へ行ってきた。現地はかなり復興し、家なども以前の様子に近づいてきたという。それでもというか、もうというか、その村では米作は去年の60%ほどらしい。その彼が、「働かない人が多い」と突然チャットでタイプしてきた。えっ、、、予想していなかった言葉で、私の手も止まった。彼の話ではこうだ。去年の12月終わり(ついこの間だ)までNPOやNGOの援助があったため、働かなくても十分食料はあったという。それで、こういう状況に慣れた人たちがすっかり働かなくなったという。

    なるほど・・・私が同じ立場だったら同じように働かなくなるかもしれない。いや、絶対そうなるだろう。つぶれてしまった共産国の人たちも、援助慣れでスポイルされてしまった人たちも、日本で楽な生活に慣れた人たちもみんな同じ弱い人間なんだろう。

    援助が終わった後、本当の復興の始まる。

  • 2日ほど前、あるメーリングリストでサイクロン被害の様子を写したという、10枚近くの写真が入ってきた。海岸の波打ち際に横たわるいくつもの遺体、テントの中で変わり果てた姿を見せる多くの幼児、、、直視できないような写真だ。でも、何かおかしい。海岸には立派な建物が並び、救助活動している人はタイ語の文字が入った服を着ている。これらの写真を受け取って数時間後、訂正メールが入ってきた。これらの写真はスマトラ沖地震のときのものだった。

    同じ写真が私の日本人の友人のところにもサイクロン被害の写真として届いた。もう世界中を巡っているのだろうか。単なる愉快犯の仕業と思われるが、ひどい話しだ。去年の民主化デモのときも、出所が分からない写真が出回っていた。ニセ写真にはご注意を。

  • ほとんど報道されていないが、今回のサイクロン被害で特徴的なのが地元ミャンマー人たちのボランティア活動である。私が関わっているNPO、GMIでのヤンゴン事務所にはミャンマー人11人のスタッフがいるが、連日サイクロン被災者への救援活動を行っている。こちらのほうに活動報告がある。現在の様子をぜひ見てもらいたい。

    外国人の人的支援が厳しく制限されているとか、軍政に渡った救援物資が本当に被災者へ届いているのだろうかという声がある中、こうした地元の人たちの活動は心強い。こうした人たちをサポートしていきたい。

  • チートゥシェインさんという在日ミャンマー人が5月7日から5月16日まで出身地のミャウンミャに行って被害の様子を見てきた。ミャウンミャは最大の被害があった地域のひとつ、ラプタという町の北に位置する町で、多くの避難民がいる。18日、シェインさんの報告会に行きた。その内容を簡単ですが箇条書きにしたので、みなさんの参考になればと思う。

    シェインさんのブログ
    http://myaungmya.jugem.jp/
    なお、22日木曜日18:00よりJMCCで「シェイン先生に義援金を渡す会及び皆の思いを託す会」というのが開かれます。

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    ミャウンミャまでヤンゴンから車で6時間ほど。アクセスは以前と同じ。ヤンゴン、ミャウンミャ間の道路や橋はだいじょうぶ。ミャウンミャ自体はサイクロンによる直接被害はあまりない。

    ミャウンミャにはラプタから逃れてきた人たちが2万人ほど。僧院、学校、教会、モスクなどで避難生活をしている。ラプタなどの被害地域では、半数ほどの人たちが残っていると思われる。

    ミャウンミャの行政およびコミュニティは以前と同じでしっかりしている。避難民には市当局や多くの市民ボランティアが世話をしている。市民ボランティアと市当局は良好な協力体制。

    軍からの救援物資は、ミャウンミャを素通りしてラプタなどの南へ送られている。ミャウンミャにいる避難民には市民ボランティアや市当局が食料や必要な物資を提供。今はだいじょうぶだが、これがずっと続くと自分たちの食料なども不足してくるかと思われる。

    シェインさん自身としては、ミャウンミャにいる避難民へサンダルとトイレを送ることを考えている。避難民は裸足で逃げてきた人がほとんどで、ミャウンミャでの生活で足を怪我をする人が多い。また、トイレが絶対的に不足していて衛生状態が悪い。サンダルは安いビーチサンダル、トイレは竹とビニルシートを使って、ひとつ500円程度でできるもの。

    軍の援助活動が活発になったのは、国民投票の10日を過ぎた頃から。それまではあまり動きがなかった。

    避難民の話:12フィートの波がやってきて、根こそぎ流されてしまった。自分は30時間以上木につかまり助かった。同じように木につかまっていた人の中には、強風でヤシの葉が飛んできて首が切断されていまった人もいた。また、救助される直前に力つきて流された人も。家族の中で助かったのは、自分と子供一人、妻と他の子供たちは流されてしまった。

    田畑は海水につかり、今年の作付けは無理だといわれていた。来年以降のことは専門家でないので、分からない。

    ヤンゴンでは市民のボランティア活動に対して当局が規制しようとしているようだ。ただし、情報が日々変わってくるので現時点でどうなっているかは分からない。少なくても、ミャウンミャでは当局と市民ボランティアの関係は良好で、双方助け合っている。
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  • サイクロン被害は悲惨な状況だが、光明がひとつある。
    一般の民間ミャンマー人たちが自発的に被災者たちの支援に乗り出しているのだ。ヤンゴンに住む私の友人も仲間たちと一緒に金を出し合い、被災地へ物資を運んでいる。こういったグループがヤンゴンに無数といっていいほど生まれてきている。民間人が寄付をするときは翼賛政党であるUSDA(連邦団結発展協会)へ預けなければいけないという軍政のお達しがあるが、誰もそんなことは聞かない。各々の人たちが自分の方法でボランティア活動をしている。また、被災地では僧院に多くの人たちが避難している。これは、毎日が集会を行うのと同じだ。集会の禁止があるミャンマーでは今までになかったことである。

    サイクロンは大きな被害をもたらしたが、それは大きなチャンスを与えたのかもしれない。

  • ミャンマーでは、サイクロンによる想像できなほどの被害が出ている。
    一時はヤンゴンへの電話、メールが一切通じなかったが、少しずつではあるが回復してきている。ただ、イラワジデルタの地域の詳しい状況はほとんど入ってきていない。島ひとつが全滅したなどの報道もあるので心配だ。

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