• みなさんお気づきかと思うが、GoogleのAdsenseというものを5日前ほどから始めた。これはGoogleが提供する広告サービスで、その広告を誰かがクリックすると、私の懐が暖かくなるというシステムだ。でも、実際には全然暖かくなりそうもない。サーバ維持費になるかならないか程度だ。そんなことはどうでもいい(と強がる)が、この広告を眺めていると面白い。

    Google Adsenseの場合、掲載ページに合った広告を自動的に掲載する。そのページに使っている単語を調べて統計学的にいろいろ計算し、一番そのページに適した広告を自動的に表示するという方法だ。カメラ専門のサイトだとカメラメーカーやカメラ販売店の広告が、ゲーム専門のサイトだゲームソフトの広告がといった具合だ。ゲーム専門サイトを見に来る人はゲームに興味がある人だから、そこにゲームソフトの広告があるとついついクリックしてみる。これは賢い方法だ。さすが検索業界の王者である。

    で、私のサイトはミャンマー専門、どんな広告が出ているかトップページを見ると、『ユーラシアでミャンマー』『小学館の中国語会話倶楽部』『必ず話せる中国語』『スペイン語はディラ』『阿佐ヶ谷中国語教室東京』となっている。最初の『ユーラシアでミャンマー』はいいが、その後は何だ?4つとも語学学校の広告でそのうち3つは中国語の学校だ。なぜこんなことになるんだろう。トップページで最も多い単語がミャンマーで24、次はビルマで10だ。それに対して中国語学校に関連すると思われる単語は、学校が1、語教室が3、教室が2、中国が1である。おかしい、使用単語の数からして中国語学校が上位にくることはありえない。では、Googleが私のサイトを中国語専門のサイトだと勘違いしたのだろうか?高度な統計学を駆使するGoogle、私ごときのサイトで間違えるわけはない。とすると考えられるのはただひとつ、誰でも思いつくのが広告主の数だ。ミャンマー関連の広告が圧倒的に少なく、中国関連が圧倒的に多いのだ。方や日本から毎年一千億円以上ものODA(今年は一千億を切った)があり貿易額ではついに日本を追い抜いて世界第3位となった中国、方やODAはストップしドル送金まで禁止されている国ミャンマー。経済力では圧倒的な差がある。私のサイトにこの世界経済の現実がそのまま現れていただけだ。

    ところで、私がAdsense広告を出しているページがもうひとつある。あなたが今見ているこのページだ。左下にあるのがその広告。今は『Give Time By Volunteering』という広告になっている。これは公共広告のひとつだ。そのページに合った広告がない場合、クリック無料の公共広告が表示される。このブログページはついに世界経済の蚊帳の外になったらしい。

  • 28.11.2004 5 Comments

    ミャンマーの人気作家、ミンテインカの『マヌサーリー』を読んだ。ミャンマー人作家の本はひさしぶりである。今まで日本語に翻訳されたミャンマー人作家の本を何冊か読んだが、正直いって面白い本はあまりなかった。マ・サンダーの『欠けている所を埋めて下さい』は非常によかったが、それ以外はいまひとつであった。ということであまり期待をしていなかったのだが、なんのなんの、けっこう面白かった。

    植民地からの独立間もない民主主義の時代でもあった1950年代、骨董屋を営むアウントゥンが古い小さな壷を手に入れたのがきっかけに、次々に起こる不思議な事件。そして、幻の美女マヌサーリーを探し求めることになる。幻の美女というのはよくあるパターンであるが、悲しき男の性で、美女というだけでわくわくしてしまう。物語はインドに話が飛んだりブッダの生まれる前の時代に飛んだりとスケールが大きい。ミャンマー版伝奇小説といった雰囲気だ。日本でいうと泉鏡花や半村良あたりか。といっても、泉鏡花は読んだことはない。半村良なら昔、一時凝っていた頃がある。ミンテインカの本にも、超能力、錬金術、瞑想といった世界が広がる。ミャンマーでは今でも不思議がたくさん残っている国だ。パゴダ、精霊、幽霊、占い、超能力修行僧ウェイザー、その他もろもろ不思議がここそこの路地にうごめいている。本をめくるとそんなミャンマーの香りがぷんと匂ってくる。しかし、不思議なことに半村良の伝奇小説を読んだときのようなどろどろとした感じはない。それは基本に仏教的世界観があるからだろうか。善悪が倒錯したようなところがないのだ。もしかして、表現の自由が制限されているミャンマーなので書けない部分があるのかもしれない。

    訳者の高橋ゆり氏によると、ミンテインカは1939年ヤンゴン生まれで、小学校からカソリック系の学校で学んだ。高校中退後、駅の職員、国軍兵士、夜警、露天商、米穀仲買人を転々としたという。デモに参加したため獄中生活も経験している。37歳のときに占い師を開業し、このときに小説家として初めて本を出版した。ミンテインカ自身、小説の主人公になりそうな経歴を持つ男だ。現在では占い師としても非常に有名である。小説家としてのミンテインカは、一般大衆には非常に人気があるが、純文学ではないということで文学界やインテリ層からは無視されている作家という。こういうのは、日本でもよく聞く話である。といっても、日本では昔ほど純文学がもてはやされることもなくなったが。

    ともかく、ミャンマー人の心の中を覗いてみたい人にはマヌサーリーの一読をおすすめします。

  • 先日の4000名弱の釈放に続き、5000名の釈放のニュースが飛び込んできた。今回のメンバーには、ウィンティン氏も含まれている。ジャーナリストでもあるウィンティンは、先日釈放されたミンコーナインと並んでミャンマーでの政治犯の象徴のようになっていた人物で、NLDの創設メンバーである。彼もミンコーナインと同じく89年に逮捕され、ずっと拘留されていた。ミンコーナインの釈放のニュースを聞いたときには、民主化勢力の分断の意図があるのではと疑ったが、そうではなさそうだ。断言はできないが、民主化への方向へ舵を切りつつあるように思える。

  • 23日から、インド・アセアン自動車ラリーが始まった。インドのアッサム州 Guwahati を出発し、インドネシアのBatamまで至るというラリーだ。途中、ミャンマーを通過する。ルートについての説明を見ると、
    23rd Nov Guwahati 0700 hrs Kohima 1800 hrs
    24th Nov Kohima 0600 hrs Nov Moreh 1647 hrs
    25th Nov Tamu 0500 hrs Mandalay 1708 hrs
    26th Nov Mandalay 0500 hrs Loilem 1805 hrs
    27th Nov Loilem 0500 hrs Kengtung 2113 hrs
    28th Nov Kengtung 0700 hrs Tachilek(Border) 0936 hrs
    というような予定だ。今日25日から28日までがミャンマーステージだ。ミャンマーを通る国際的な自動車ラリーというのは初めてだろう。今日のタムーからマンダレーへのコースであるが、以前ここのルートを路線バスに乗ったことがある。モンユワを過ぎてからカレーワへ至る道はすごかった。車高を思い切り上げたおんぼろバスは、一昔前の中国の人民バスのよう。そんなバスで夜通し走ったのだが、今にも横転するのではないかというほど大揺れ。道は大きな穴ぼこだらけだった。これぞ本物のラリーコースかもしれない。

    今年から始まったこのラリーであるが、産経新聞に「インドとASEANが急接近 経済交流拡大 対中戦略で思惑一致」という記事が出ていた。中国への警戒感からインドとASEANがお互いに近づきつつあるという見方である。単なる自動車ラリーも、こうした国際関係の立場から見ると違ったものに見えてくる。

  • 18日に4000名余り釈放されたというニュースがあったが、その中にミンコーナイン氏が含まれていた。ミンコーナインは学生運動指導者で、89年に逮捕された。刑期は終わっていたのだが、ヤカイン州の刑務所に入ったままだった。今回の報道を聞いて少々驚いた。何しろ彼は民主化運動家の中ではスーチー氏の次に知名度のある人物だ。なぜ今彼を釈放したのだろうか。
    ロイターの記事が詳しく書いている。アナリストでもある亡命ミャンマー人アウンナインウーは、「今回の動きは、180度の方向転換ではないかもしれないが、たぶん和解へ向けての動きだろう」と述べている。また、この記事の中には釈放直後のミンコーナインの写真が出ている。

    ここで、気になる点がひとつある。ミンコーナインとアウンサンスーチーとの関係である。88年のあと一歩で暫定政府成立というときに、意見の対立でミンコーナイン率いる学生運動グループとスーチーらの大物政治家グループの間で意見が対立し、結局ひとつにまとまらなかった。このときにまとまっていれば、今ごろ民主政府になっていたかもしれない。こうした因縁が二人の間にある。

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