2005/01

また政変?

2005/01/30 日曜日 - 03:13:24 by 後藤 修身

キンニュンの失脚以来、比較的落ち着いていたミャンマーの政治状況だが、ここにきて軍政内部の噂が出てきた。毎日新聞の「軍政内部で異変か タイ首相が言及」によると、
タイのタクシン首相は28日午前、報道陣に対し、ミャンマー軍事政権の内部で「緊張が高まっている」と述べ、軍政指導部内で異変が発生した可能性があるとの見方を示した。同首相はその根拠について言及していないが、「タイ政府は状況を注視していく」と話した。ヤンゴンの外交筋などは「ソーウィン首相の動向が最近、伝えられていないため、首相交代を含めた閣僚人事などが近く実施される可能性は捨てきれない」とし、事態を見守っている。
また、海外報道 Media shows Myanmar top brass intact, deflating coup rumours では、
先週、Bo Win Tun 中佐(マウンエーの個人秘書)が不可解な状況で死亡し、陸軍葬が行われた。ヤンゴンでは、彼は暗殺されたのでは、自殺したのでは、マウンエーを守って死んだのではなどという噂が渦巻き、政権争いの話が再び持ち上がっている。
ソーウィン首相の動向が伝えられないという状況や、マウンエーの個人秘書(personal assistant)が死亡したことなどから、軍政内部でまた政変の動きがあるのではと注目されている。ヤンゴンでの噂だけだったらいつものことであまり信憑性はないのだが、タクシン首相が言及しているのが気にかかる。タクシン首相はミャンマー軍政とは太いパイプがあるし、去年のキンニュン失脚のときにいち早く動向を伝えたのが彼だからだ。しばらく注目したい。

暮れゆくゴッテイ鉄橋

2005/01/26 水曜日 - 21:58:21 by 後藤 修身

マンダレーからラショーへ至る鉄道がある。マンダレーから一気にメイミョ(ピンウールィン)まで列車は登る。メイミョを出てチャウメに到着する前に通るのがゴッテイ鉄橋だ。鉄橋としては世界第二の高さを誇り、また100歳以上という長寿も誇る。
1996年にマンダレーからの列車に乗り、初めて訪れて鉄橋の写真を撮った。1998年に同じく列車で通ったときには、撮影禁止だと言われ撮れなかった。3度目は2000年だった。この年はマンダレーと中国国境ムセの間を車で往復した(このときの写真と文章)。いわゆる援奬ルート(ビルマ公路)である。ただ、車道とゴッテイ鉄橋は距離的にかなり離れていて写真を撮るのは不可能であった。途中、脇道に入るとゴッテイ鉄橋の近くまで下りることができるという話を聞いた。それらしき道があったので、近くの僧院で尋ねた。すると、そこの僧侶が「私についてきなさい」とすたすたと歩き始めた。あわててその後を追った。30分ほど下ると、突然目の前が広がりゲートが現れた。そこには銃を持った兵士が立っていた。軍の基地であった。私は入っていいものかどうか躊躇したが、僧侶が近づくと、兵士は手を合わせてうやうやしく頭を下げる。僧侶は二言三言その兵士に告げると、私に入ってこいと言う。銃を持った歩哨の兵士の目を見ると、うなずいていた。いやはや、さすがミャンマーである。お坊さんは絶対的である。中に入ると非番の兵士たちが集まってきた。私が日本から来たと言うと、あっという間に兵士たちに囲まれた。といっても、尋問されたわけではない。みんな外国人と話すのが初めてだから珍しくて集まってきただけだ。兵士といえど、同じ人間である。
基地に着いたのが午後遅かったので、そろそろ日が傾いてきた。そうだ、ゴッテイ鉄橋の写真を撮りに来たんだと、最初の目的を思い出した。でも、ここの基地からは見えそうもない。兵士たちに尋ねると、兵舎の屋根から見えるという。ということで、滑りやすいトタン屋根に登ることになった。おそるおそる屋根の上に立つと、目の前の谷にゴッテイ鉄橋が姿を現した。傾いた太陽は枯れ草に残照を残し、谷は早くも暮れようとしていた。

ブッシュ新外交とミャンマー

2005/01/22 土曜日 - 08:30:52 by 後藤 修身

国務長官に就任予定のライス統領補佐官が18日、上院外交委員会の公聴会で発言した(毎日新聞)。その中にミャンマーにも言及した部分がある。
証言のうち最も「新味」があったのは、世界に残っている「圧政の先陣基地」としてキューバ、ミャンマー、北朝鮮、イラン、ベラルーシ、ジンバブエを名指しし、米国は「弾圧されている国民の側に立つ」と明言した部分だ。
ブッシュ大統領の2期目もミャンマーに対する外交姿勢は変わらないようだ。アメリカがミャンマーに対して圧力をかけるようになったのはクリントン大統領の時代からだ。当時は、「ミャンマーを中国の支配下に置くためにわざと圧力をかけた」というような陰謀論めいた噂も聞いたこともある。アメリカが経済制裁することによってミャンマーが中国を頼らざるを得ない状況にわざとしたというのだ。クリントン時代はアメリカは親中国だったので、中国のためにミャンマーを引き渡したという論だ。現在の状況を見るとその通りになっているのだが、これはいくら何でも陰謀論すぎるだろう。アメリカはミャンマーに対して、これといった経済利権や安全保障上の問題はない。アメリカにとって民主主義や人権などの大義名分を表明するのに最も適した国がミャンマーだったとうところが真実に近いのだろう。では、アジアの他の国はどうであろうか。例えば中国、民主主義や人権ではミャンマーと同じほど問題のある国であるが、経済制裁など話題にも上らない。経済的に大きな魅力があるし核兵器を保有する軍事大国だからだ。ベトナムも民主主義や人権で問題があるが、ベトナム戦争の負い目のあるアメリカはあまり強いことは言えない。パキスタンはミャンマーと同じ軍事政権であるが、アフガニスタンでの「テロとの戦い」で協力してもらっているので非難できない。ミャンマーの場合は経済的利権は少ないし、安全保障の問題もアメリカはあまり重要視していない。ただ、アメリカの対中国姿勢が変化したり、インド洋での中国の動きが活発化したら変わる可能性はある。

マスメディア、現実と偏向と嘘

2005/01/20 木曜日 - 02:48:02 by 後藤 修身

朝日とNHKの間ですごいことになっている。日本のマスメディア同士でこれだけ非難し合うというのは前代未聞である。最初はメディアへの政治の介入が争点だったのが、どうも朝日の記事がねつ造かどうかということが争点になってしまったようだ。
実際にねつ造かどうかは別として、メディアの記事についての一般論をちょっと書きたい。新聞やテレビの取材を受けた経験のある方は分かると思うが、実際に記事になったものを見ると違和感を感じる場合が多いと思う。しかし、それはしょうがない。全てを載せるスペースもないし、インタビューを全て載せたとしても退屈なだけだ。記者というフィルターを通すことによって現実がより凝縮される。ただ、フィルターには凝縮以外にも偏向という要素もある。偏向という言葉が悪ければ個性というように言い換えてもいい。私自身、人の話を元に文章を書くときでも、その文章の主題に合うものだけピックアップしている。そうそう、もうひとつ忘れていた、面白さだ。写真を雑誌に掲載するときでも、一般読者が興味をひくセンセーショナルな写真でないとなかなか載せてもらえないということになる。
現実を面白く偏向(個性化)して凝縮させる、こうしてメディアに流れる記事や映像が生まれる。しかし、報道に関しては偏向や興味本位は極力抑えないといけないのは当然だ。でも人間のやること、無色透明不偏不党などありえない。どの報道記事でもある程度の偏向があると思わなければいけないが、ときには偏向を通り越して嘘が入ることもある。
有名なのは朝日の珊瑚事件だ。カメラマンが自分で珊瑚に傷を付けて撮影し、「心ないダイバーの仕業」という記事になったのだ。最終的には、朝日の社長が辞任するということになったが、このカメラマンの心情も理解できる。環境問題を訴えようという正義感と面白いものを作って注目されたいという自己顕示欲だ。この正義(観念的正義というべきか)というのが特にくせ者だ。正義と現実の間に齟齬をきたした場合は現実の方が間違っていると思う場合がある。珊瑚のカメラマンも、環境保護という大きな正義のために珊瑚を傷を付けても何も問題ないと思っていたのではないだろうか。
そして今回の朝日の記事だ。記事自体が嘘かどうかはまだ分からないが、かなり偏向度が強いのは確かだ。朝日新聞、ここはとことんNHKとやり合って、真実は何だったのかというのを見せてほしい。

雨のゴールデンロック

2005/01/17 月曜日 - 07:18:34 by 後藤 修身

1996年の9月だった。ヤンゴンのゲストハウスに泊まっていたら、「チャイティヨのゴールデンロックの写真をパンフレットで使いたいので撮ってきて」との東京からの電話が入ってきた。え〜、雨期にチャイティヨ?そんなの嫌だよ。と言いたいところだったら、ぜひともと所望され受けてしまった。
雨のチャイティヨは寒かった。濡れ鼠になっているところに冷たい風。おまけに参拝客などほとんどいない。乾期のにぎやかさからは想像もできないくらい閑散としたものだ。霧(雲)がたちこめる中、何とかまともな写真をとろうと思ったがこんな悪天候では無理だった。夜になるとライトアップされるというので、それを待つことにした。真っ暗な中、カメラと三脚を抱えて宿からゴールデンロックへ向かう。昼間より天候は悪くなり、冷たいシャワーが体を打つ。階段を上りきると、ゴールデンロックが見えた。昼間とは全く違った。ライトアップされた岩は金色に輝き、その光が雨に反射して光芒に包まれていた。
写真を撮っていて撮影条件が悪いことは往々にしてある。でも、それはチャンスでもある。普通でない写真が撮れるからだ。ただ、こうした写真をいつ撮れるかは誰も知らない。こうして出来上がった雨のゴールデンロックの写真を見ると、風景も出会いであるというのを感じる。

趙紫陽とアウンサンスーチー

2005/01/16 日曜日 - 02:59:53 by 後藤 修身

中国の趙紫陽氏が重体だという(朝日新聞記事)。趙紫陽氏は89年の天安門事件のときに共産党総書記であったが、民主化派に理解があったということで失脚した。趙紫陽はこのときからずっと自宅軟禁になっている。そう、自宅軟禁というとアウンサンスーチー氏である。実は、私自身、趙紫陽が自宅軟禁になっているとは知らなかった。私が無知だから知らなかったというのが第一だが、この件ついての報道があまりされていないようだ。いろいろと探してみると、産経新聞の2004年10月の記事があった。
89年の天安門事件以降であるから15年以上自宅軟禁が続いている。アウンサンスーチーは時々解放されているので、それよりも長い。しかし、不思議だ。アウンサンスーチーの自宅軟禁に対して多くの日本のマスコミが非難記事を書いているのに、趙紫陽の自宅軟禁に対する非難記事は目にしない。自宅軟禁はひとつの例であるが、日本政府が人権や民主化の件でミャンマー政府を非難しても中国政府を非難しない理由は分かる。人権や民主主義の原理原則だけで外交はできないのはどこの国でも同じである。しかし、マスメディアの場合はどうなんだろう。ミャンマーと中国、この二つの国に対する報道を見ていくと、マスメディアの問題がいろいろ見えてくる。

天災の報道

2005/01/08 土曜日 - 06:13:12 by 後藤 修身

ミャンマーでの津波の被害については、6日の国連やWFPの発表によると、ミャンマー政府発表の数字とそれほど大きくは違わないようだ。しかしそれまでは、政府は真実を隠しているのでなないかという論調が海外のメディアに多かった。やはり、ミャンマー政府が詳しい情報をオープンにしなかったせいだろう。この件に関して、「Secrecy hinders damage assessment in Myanmar」という記事があった。その中に、
“There’s an age-old superstition that if there’s a big natural disaster, there’s going to be a new king or a regime change,” says Stephen Dun of Seattle. “That’s one of the reasons they’re keeping a big blanket on this whole situation.”
「大きな天災が起きると新しい王か体制に変わるという古い迷信がある。」と、シアトルのStephen Dunが述べた。「これが、今回の状況に大きく蓋をしなければいけなかったひとつの原因だ。」
このように、ミャンマーでは天災に関する情報は今回に限らずあまり発表しない。去年の5月19日に巨大サイクロンがヤカイン州を襲い、220名の犠牲者を出した。このサイクロンは1968年以来最悪の被害だったという。New Linght of Myanmar にサイクロンの被害記事が載ったのが10日後の5月29日である。その前日5月28日には、ユニセフから緊急支援情報という日本語の情報が出ている。比べると情報量が全然違うし、New Light of Myanmar […]

実際の津波被害は?

2005/01/06 木曜日 - 05:56:50 by 後藤 修身

スマトラ沖地震による津波の被害について、ミャンマー政府は相変わらずわずかな情報しか出さない。1月2日付のNew Light of Myanmar で、「59名死亡、17村の592家屋が破壊され、3,205名が家屋を失った」という簡単な内容が最後の公式発表である。
では、実際の被害はどうなのか。
周辺国への津波の影響を計算して可視化したページがある。これを見ると、プーケットの北部にあたる、メルギー諸島にかなりの影響があったことが分かる。今回軍政によって被害が報告されているのは、ミャンマー最南部のコータウンとイラワジデルタの河口に位置する村だ。コータウンの北にはメルギー諸島があるが、こちらの被害は全然報告されていない。また、イラワジデルタの南にはココ島というアンダマン諸島の最北部の島がある。ここにつては、12月31日付の New Light of Myanmar に記事が出ているが、「被害は軽微で、死傷者はない」という内容だ。元々この記事は、ココ島の開発のために軍と政府高官が訪問したという内容がメインである。このココ島というのは、重罪を犯した囚人のための刑務所があり、住人はほとんど政府関係者だという。また、ここには中国の海軍基地が存在するとずいぶん以前からいわれている島である。
海外の報道だと、1月5日のロイター電「Myanmar remains tsunami news black hole」や、「Burma remains quiet on tsunami effects」などが政府の沈黙ぶりに対して論評している。ミャンマーの津波情報がブラックホールだというタイトルはずばりである。記事中に「400名以上死亡」「メルギー諸島に住むサロン族(モーケン族)の200名が犠牲」「ココ島で中国軍人の死傷者」と、亡命している反体制派からの情報が載せられている。ただ、これらの情報は確たるものではないようだ。また、「3万人の人が緊急の援助を必要としていると推測する」という国連スタッフの話がある。いずれにしても、情報不足である。
ミャンマーでの被害は他国と比べると比較的軽かったという海外報道もある。1月4日付のロイター電「Myanmar escaped worst of tsunami - Powell」である。アメリカのパウエル国務長官がインタビューで、「衛星の写真が、ビルマの津波被害は被害の甚大な他国と比較して軽かったことを示している」という内容だ。他に、1月5日のロイター電「Burma relatively unscathed, WFP says」では、WFP(世界食糧計画)がバンコクで記者会見し、「59名死亡という政府の公式発表は適正な数字である」とある。調査はWFP、赤十字、国境なき医師団のチームで現地調査をした結果である。「最も被害が大きいのがイラワジデルタ地帯で、1万人が食料援助を必要としている」「プーケットの北にある多くの漁村は大きな被害から逃れることができた」「地質学者でない私(WFP職員)は、なぜビルマが比較的無事だったかは分からない」とある。
また、1月5日のインターナショナルヘラルドトリビューン紙「Impact on Myanmar called minimal」でも、被害が少なかったと書いている。これは、ヤンゴン在住の国連コーディネーターへの電話インタビューを行った記事である。「国連は木曜日にミャンマーへの津波被害に関する最初の独立レポートを提出する。ミャンマーへ津波の被害は、数千人への影響と50名の死亡という、最小限の影響にとどまるという内容である。」「海外を拠点とする反体制勢力が、数千名の死傷者がいると誇張していたが、ミャンマー政府の見積りはかなり正確だった。」「南北の断層線を見ると、波がどのようにタイやスリランカそして他の国へ向かっていったか分かると、地球物理学者のBarry Hirshornが述べた。断層の方向を見て、ミャンマーよりもソマリアやケニアの政府へ警告することを心配した。」
というような内容だ。
今回のブログを書き始めたときには、発表されているよりもずっと被害が大きいと思っていた。実際、海外の報道ではそういう記事が多かったが、最新の報道は違ってきた。国連の調査だとミャンマー政府の数字は比較的正確だというのだ。しかし、疑問もある。メルギー諸島には多くの島があるので、短時間で人数の限られた国連が全て調べられるとは思えない。それに、ココ島などの軍事施設のある地域は調査できなかっただろう。独自で調べた地域はどのくらいなんだろうか?ただ、ミャンマーでの被害は想像されていたより少なかったことは確かなようだ。

2005年のミャンマーは?

2005/01/01 土曜日 - 16:49:59 by 後藤 修身

あけましておめでとうございます。
去年はこのブログにつきあっていただきありがとうございました。
去年のキンニュン失脚とそれに伴う様々な動きも、最近はすっかり沈静化し、2005年の政治はこのまま安定化するかのように見える。今年考えられる、三つの変動要素を上げてみたい。MI弱体化の影響、2006年のASEAN議長国、中国の動向である。
MIの現状がどうなっているか公式情報はないが、上のクラスは数千人規模で取り調べを受け、下のクラスは元の所属の軍に戻されたという噂がある。これを信じると、現状のMIはほぼ活動停止状況である。このままMIを解体する方向なのか、または新たに強力な組織を作るのか分からない。MIの存在が軍が長期支配を続けることのできた大きな要素のひとつであるので、注目したい。
2006年にミャンマーはASEAN首脳会議の議長国に予定されている。欧米諸国はいつものように強く反対しているが、ASEAN内部でも民主化への圧力を強めようという動きがある。いずれにしても、今年中に何らかの目に見える形での民主化の動きがないと来年の議長国は難しいという見方が多い。こちらの動きも注目される。
最後に中国。2004年はアジアの安全保障での中国の脅威が大きくクローズアップされた年だ。東南アジアは歴史的に中国の圧力をずっと受けてきた地域なので、中国への警戒心が強い。欧米の批判を受けながらもミャンマーをASEANに取り込んだのも、対中国戦略の部分が大きい。ミャンマーは中国の軍事戦略上重要な位置にある。インド洋へ抜ける道になるからだ。既にアンダマン諸島の北にあるココ島には中国の海軍基地があるといわれている。クリントンの民主党政権時代は中国融和に励んでいたアメリカであるが、ブッシュ共和党政権、特に2期目となった現在中国へは警戒心を持って対応している。日本の最近の動きもこれに連動しているものと思われる。従来、アメリカの安全保障政策では重要視していなかったミャンマーを巡る中国の動きであるが、これからアメリカが関与し始める可能性もある。その場合、アメリカの対ミャンマー政策の変化も考えられる。
とまあ、初日から堅い話になってしまった。
今年は政治の話以外にも楽しい話も書くようにしますので、よろしくお願いします。