• あっけなく終わった。
    10万人規模といわれたデモからまだ1週間経っていないが、昔の出来事のような気がする。あとは小競り合いは残るであろうが、もう終わったも同然である。後残るのは、僧侶たちによる、軍、政府関係からの布施の受け取り拒否や軍関係の行事への出席拒否などの非協力、不服従程度のことしかできないだろう。ただ、ミャンマーの仏教界も一部では乱れているので、政府に絡め取られている高僧も中にはいる。

  • さきほど、ヤンゴンの友人より電話連絡があった。インターネットが完全に閉鎖されたらしい。もちろんメールも使えない。

    その友人が現在いる場所は、ダウンタウンからちょっと離れたところだが、回りは異常に静かだという。市民の間では、今日も午後からデモを行うという話が伝わっているらしい。 どういう事態になるか非常に心配される。

  • 日本人カメラマン死亡のニュースでは、みなさんにご心配をかけることになってしまった。
    私は長井さんとは面識がないのだが、作家でもある友人の高野さんが学生時代のコンゴ探検のときに懇意にしたという。こういう話を読むと、長井さんが面識のない人ではなくなる。「ご冥福をお祈りします」と心から思う。

    ここのところ連日ヤンゴンの友人たちに電話をしているのだが、今日は今までになく電話が通じにくかった。特に携帯電話には通じにくい。呼び出し音が鳴っているはずなのに相手が出ない。数時間後にやっと一人に通じた。友人は、ずっと携帯電話を手元に置いていたという。携帯の回線状況が非常に悪いようだ。今日は、ダウンタウン、タムエ、南オカラパで特に騒ぎが大き、銃声も響いていたという。しかし、郊外は比較的平穏だったようだ。

    今回、こんな事態になるなど全然予想していなかった。これからどうなるか、全然分からない。

  • ヤンゴンが大変な事態になっています。18時半頃ヤンゴンにいる友人からメールが入り、ヤンゴンのあちこちで銃声が響いているそうです。
    さきほど、新聞社の記者から電話があり、日本人カメラマンが1人死亡したそうです。詳細は不明です。

    私は日本にいます。

  • ヤンゴン在住の日本人にデモの話いたとき、急にエミさんの死が伝えられた。突然のことに驚いた。

    2007年9月26日午前3時15分、エミさん(本名:鈴木孝子さん)死亡。93歳であった。1935年、エミさんはビルマの映画の父と呼ばれたウー・ニプと結婚、日本に帰ることもなくずっとヤンゴンの人であった。こちらのページにエミさんのことが書かれている。

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    私はエミさんとは5~6回お会いしたことがある。江戸っ子をそのまま絵にしたような雰囲気の、しゃきしゃきした人であった。エミさんの家を訪問したとき、私の薄汚れたパナ(ミャンマーサンダル)を見て、すぐに新しいパナを店から取り寄せて「これを履きなさい」と言われたり、日本からのお土産は何がいいかと尋ねると、「亀の子たわし」と答え、「掃除には亀の子たわしが一番だよ」言っていたエミさんをなぜか思い出した。

    最後を看取った孫娘のRさんと電話で話をした。苦しむことなく静かに亡くなったそうだ。1ヶ月ほど前、
    「私もちょっと疲れた。これくらいでいいかな」
    と珍しく気弱な言葉を吐いたが、Rさんが
    「おばあちゃんのこと、みんな大好きなの。おばあちゃんがいないと、みんな困るの」
    と答えると、
    「そうだね。もっとがんばらなくちゃ」
    と気を取り直したという。葬儀はエミさんが望んだ通り、ミャンマー式で行うという。エミさんはミャンマー仏教を深く信仰していた。そういえば、以前話をしていたときに、
    「ビルマの仏教はいいわよ」
    と、しみじみと言っていたのを思い出した。

    ところでエミさん、昔からデモが大好きだったという。ちょうどデモ隊があふれた日、その日に亡くなるなんてエミさんらしいと、Rさんと納得しあった。

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