• 友人のWさんからメールが来た。

    「ヤンゴン 雑貨」で検索するとエヤワディブログの「猫が死んだ」が検索上位に来るよ。

    本当だった。Googleで検索すると、2番目に”ヤンゴン生活 | エヤワディ Blog – エーヤーワディ” というのが出ている(ネット接続の場所など条件によって順位は違う)。クリックすると、なんと「猫が死んだ」の記事が一番上だ。かわいいミャンマー雑貨を期待して検索した人が、これを見るとショックを受けるかもしれない。

    実は、このWさんはヤンゴンで雑貨の店を開いているのだ。ということで、罪滅ぼしも兼ねてWさんの店、 dacco. (ダッコ、最後にドットが付いている)を紹介したい。場所は寝釈迦で有名なチャウタッジーパゴダの近く、シュエゴンダイン通りのビルの2階にある。

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    dacco. 案内

    ミャンマーの1階は日本の2階

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    少数民族の布、ロンジーの生地で作ったシックなハンカチ、プラスチックバンドで作った鮮やかなカゴ、タティングレースのイヤリング、その他いろいろ、こうした雑貨類が好きな人にとってはたまらないだろう。ミャンマーのお土産屋などで売られている工芸品や手作り品は細部が雑だったり、いまひとつ垢抜けないものが多いが、dacco. はWさんがこだわっているだけあって、作りも丁寧だし何といってもセンスがいい。ミャンマー土産に迷った時にはぜひどうぞ。

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    私が dacco. で買ったものを紹介する。まずはチン族の布。チンの布は世界的に有名で、古布などは欧米の博物館が買い付けに来たりしている。このチンの布も細かな織りで美しい。

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    次はミャンマーの布で作ったワインバック。シックな色とデザインで友人宅にワインを持って行く時に自慢できそうだ。

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    プラスチックバンド(PPバンド)で作ったプラかごはミャンマーでもよく見かける。鮮やかな色を組み合わせたプラかご、丈夫だしデザインもポップだ。

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    ナガの生地で作ったノートパソコンケース。ナガの布も世界的に有名でコレクターも多い。ナガ独特の色使いやデザインが個性的だ。このパソコンケースはもらったものだが、私のお気に入り。

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    ※2017年、店がパラミー通りのほうに移転しました。また、ボージョーマーケット店が新たにできました。

    店名 dacco. myanmar – Main Shop (Parami Road)
    住所 Room 5, No.12 Parami Road, 10 Quarter, Mayangone Township, Yangon, Myanmar (near Hotel Parami)
    Phone 092 6018 5424, 092 6222 6481
    Open Daily, 10:00-18:30
    WEB http://www.dacco-myanmar.com
    Facebook https://web.facebook.com/dacco.myanmar
    Email info@dacco-myanmar.com

     

    ボージョーマーケット店はこちら。
    店名 dacco. myanmar – Bogyoke Market Shop
    住所 13/F, Upper Front, Bogyoke Aung San Market, Pabedan Township, Yangon, Myanmar
    Phone 094 2237 1337
    Open Tuesday-Sunday (Closed on Mondays and Gazette Holidays), 10:00-16:45

  • マハーバンドゥーラ公園の横を歩いていると、見慣れないものが目に入った。公園の前の歩道に手作りテントが数十メートル並んでいた。マハーバンドゥーラ公園はヤンゴンの中心スーレーパゴダのすぐ脇だ。東京でいうと、日比谷公園だ。テントの前には赤い看板がいくつも掲げられていた。

    マハーバンドゥーラ公園の前の抗議テント

    マハーバンドゥーラ公園の前の抗議テント

    その中に英語の看板があった。

    「我々は昔からティンガンジュンに住んでいたが、1991年に軍によって追い出されてしまった。我々の土地を返せ!」

    といった内容だ。軍政時代には強制立ち退きはよく聞いた話だ。当時、軍政には誰も逆らえなかった。突然住んでいた場所から立退きを命じられ、代替地(多くは元の場所より条件が悪かった)に強制移住させられたのだ。

    抗議の立て看板

    抗議の立て看板

    抗議活動(ただ座っているだけのようだったが)をしている人に話を聞くと、

    「祖父の代からティンガンジュンの土地に住んでいたんだ。でも、今じゃみんないろんな場所にバラバラに住んでいる。オレたちの土地を返してほしい」

    私には興味深い話だったが、抗議テントの前を歩いている通行人は誰も興味を示さない。写真を撮っている私のほうが珍しいようで、こちらをチラチラ見ていた。

    抗議テントの中で過ごす人たち

    抗議テントの中で過ごす人たち

    アパートに戻って写真をプリントして近所の人たちに見せた。このティンガンジュンの土地の問題はみんな知っていた。ジャーナル(タブロイド紙)にも出ていたという。近所の人たちは同情するのかと思っていたが、全然違った。抗議活動をしている彼らに批判的なのだ。元々、ティンガンジュンの土地は彼らの土地ではなかったのだ。要は、政府の土地に不法占拠で勝手に家を建てたが、それを政府に咎められて追い出されたらしい。それで誰も同情しなのだ。それに民主化以降、こういう話がたくさん出てきたという。最初のうちは同情を集めたが、あまりにも多くなりすぎてこの土地を巡る話題にうんざりしているのだ。

    最近、土地争議が増えたのに民主化以外にもう一つ理由がある。土地の値上がりだ。ヤンゴン中心部の土地の価格は東京とあまり変わらなくなってきた。私が住んでいる築40年のアパートの部屋も、2年くらい前までは200〜300万円で売り買いしていたのが今では1,000万円を超えている。マハーバンドゥーラ公園の近くにある、サクラタワーのオフィスの賃料は東京の一等地にあるビルの賃料と変わらない。彼らが追い出された土地も昔は二束三文だったが、今ではかなりの金額になっているのだ。

    ヤンゴンで一番賃料の高いサクラタワー

    ヤンゴンで一番賃料の高いサクラタワー

    また、軍政時代に強制移転させられた人の中には、今ごろになって政府から土地を一部返還してもらった人もいるらしい。元々その土地を所有していた人たちだ。さらに、政府の土地を不法占拠した人たちの中には、場所によっては最近居住権を認められた人たちもいる。

    そんなこんなで、ヤンゴンの土地を巡る争いは「かわいそうな人たち」だけで済むような話ではなくなっている。

  • ナガの旅は休んで、今日はサッカーの話題だ。昨日の28日、ミャンマー代表対セレッソ大阪の試合を見に行った。Yanmar Cup と銘打ったこの試合の正式名称は、

    「日本ミャンマー外交関係樹立60周年記念日本財団チャリティマッチ ヤンマーカップ ミャンマー代表VSセレッソ大阪」

    長い! それにしても、ミャンマーでヤンマーカップは舌を噛みそうだ。

    MYANMAR NATIONAL TEAM vs CEREZO OSAKA YANMAR CUP と書かれたチケット

    MYANMAR NATIONAL TEAM vs CEREZO OSAKA YANMAR CUP と書かれたチケット

    友人の車でスタジアムに着いたのは開始時間の17時ちょうどくらい。スタジアムの中に入った時にはもう試合が始まっていた。我々が座ったのは正面スタンドの向かい側の席だ。正面スタンドは7割程度の入りでけっこう人がいた。ゴール側スタンドは誰もいない。我々のスタンドは3割くらいの入りだ。空はどんよりとして、雨が降りそうな気配。雨季の時期は夕方が一番降りやすい時間帯なので、傘も忘れずに持ってきた。その代わり、財布を忘れてきたけど。ちなみに、このトゥワナスタジアムは1987年に日本の無償資金協力によってできた競技場だ。

    正面スタンドには日本からのサッカーツアー客の団体もいる。

    正面スタンドには日本からのサッカーツアー客の団体もいる。

    試合はセレッソ大阪が押している。7割近くはセレッソボールだ。それでも両チームとも点はなかなか入らない。一度、セレッソがミャンマーのゴールを割ったが、主審がピッピーと笛をならした。よく分からないが、反則があったようでノーゴールだった。ミャンマー人は大喜びだった。そのうち、空の様子がおかしくなってきた。黒い雲が押し寄せてきたのだ。風も急に強くなり、パラパラと雨が落ちてきたと思ったら、すぐに本降りになった。屋根のない下の方の席にいた人たちが一斉に上に移動してきた。そして、あっという間に土砂降りになった。

    土砂降りになり、観客が移動してきた。

    土砂降りになり、観客が移動してきた。

    土砂降りでもゲームは続いていた。そして、ハーフタイム。チアリーダーによるチアダンスが始まった。でも、正面スタンド前なので、残念ながらこちらからは遠くてよく見えない。チアリーダーも大阪から来たらしい。

    土砂降りの中でも試合は続く。

    土砂降りの中でも試合は続く。

    後半が始まった。空が少しずつ暗くなってきたころ、セレッソ大阪に点が入った。意外や意外、こちらの席に座っているミャンマー人の一部から喜ぶ声援が聞こえた。親善試合だし親日的なミャンマー、和気あいあいとした雰囲気で、緊張感があまりない。

    さっき土砂降りの雨が降ったばかりだが、西の空が赤くなってきた。そろそろ90分も近づいてきたようだ。まだ時間が残っているがミャンマ人の観客が帰り始めた。

    試合も終わりに近づいてきた。

    試合も終わりに近づいてきた。

    西の空が色づいてきた。

    西の空が色づいてきた。

    スタジアムの後ろは紫色だった

    スタジアムの後ろは紫色だった

     

  • ミネラルウォーターがなくなった。2本頼まなければ。

     3月23日の家計簿(為替レート 1円=9.454チャット)

    1. ミネラルウォーター 20L x2 1,200Ks
    2. 団地内の市場で買い物
      • フクロタケ 1,700Ks
      • ライム x10 1,000Ks

     合計 3,900Ks(413円)

     ヤンゴンでは水道水はそのままじゃ飲料水としては使えない。多くの家でミネラルウォーターを買っている。私も20日に一度ほど20リットルのボトルを2本電話で注文している。

    配達ミネラルウォーター

    配達してくれるミネラルウォーター。20リットルで600チャット。

     水の残りがぎりぎりになったところで、電話をした。店は歩いて2分くらいのところにある。タイミングによってはすぐに来る場合もあるが、タイミングが悪ければ半日くらい待たされる場合もある。今日はタイミングが悪かったようだ。

     外出前までに来なかったので、ドアの前に空ボトルを2本出し、店まで料金を払いに行った。2本で1200Ks。市販の5リットルボトルが900Ksだから、ずいぶんと割安だ。安い理由は、20リットルのほうはボトルを使いまわししているからだろう。回収したボトルは、洗浄され、ミネラルウォーターをまた入れて封印する。これで、600Ksボトルの出来上がりだ。

     今日もライムを買いに八百屋に行った。暑くなるとライムジュースが飲みたくなってしょうがない。コーラでもいいのだが、ライムジュースのほうが健康的だし何より安い。1杯10円程度でできるのだから。

     八百屋の中を眺めると、フクロタケがあった。ミャンマーや東南アジアでは一般的なキノコであるフクロタケ。日本で手に入れるのは難しい。あっても、缶詰だ。団地内の市場でも毎日置いているわけではない。スーパーなどではほとんど見ることがない。ミャンマー人は毎日のようにフクロタケを食べているのに、なぜ売っているところが少ないか。

     すぐに傷んでしまうからだ。私の場合、買ったらすぐに包丁でカットし、冷凍庫に入れる。これを怠ってしまうと、あっという間に食べられなくなる。そこで、団地の八百屋では見つけたたら買うようにしている。今日は400gで1700円。他の野菜類に比べると高めだ。

    フクロタケとライム

    フクロタケ400gで、1700チャット。

     このフクロタケ、独特の臭みが食欲をそそる。ペペロンチーノにフクロタケを加えた、フクロスパが私の大好物だ。400g購入し、これからしばらくフクロスパをたっぷり食べられるぞと思い、ポリ袋に入れたまま部屋の中に吊るした。

    あああ、買ってすぐにカットしとけばよかった・・・。翌日(3月24日)フクロスパを作ろうと、ポリ袋から出すと、全体的に白っぽい。うん?もしかしてカビ? ポリ袋と高温がよくなかったようだ。表面にうっすらカビが生えていた。なくなく400gのフクロタケを捨てた。フクロスパのつもりが、普通のペペロンチーノになってしまった。

  • 菩提樹の下でミャンマーカレーをごちそうになった。

    3月22日の家計簿(為替レート 1円=9.448チャット)

    1. タクシー 2,000Ks
    2. コカコーラ 425ml x3 900Ks

    合計 2,900Ks(307円)

     午後2時、土曜日は日本語教室の生徒たちが来る時間だ。今日は生徒の一人のお父さんがお腹が痛くて病院に一緒に行ったということで生徒は2人だった。生徒たちとの会話で、この「お腹が痛い」がちょっとした話題になった。

     「日本語で バイ アウンデ はどう言うんですか?」

     お腹が痛いという意味の バイ ナーデ は知っていたが、同じ意味でバイ アウンデ という言葉があるとは知らなかった。でも、全く同じではない。よくよく聞くと、 バイ アウンデ は病気で痛いとき、バイ ナーデ は唐辛子を食べすぎて痛いときに使う言葉というのだ。唐辛子による腹痛が別の言葉になっているとは、さすがミャンマーだ。といっても、料理の辛さはタイあたりに比べるとまだ大人しいほうだ。

     授業の後、ご近所のHさんとダウンタウンに向かった。HさんがiPadを買いたいというので、一緒に見に行ったのだ。iPadの用が終わった後ダウンタウンを歩いると、路上に座っている数十人の人たちに出会った。みな同じバックを持っている。

    ダウンタウンに集まった人たち

    同じバックを持ち、ダウンタウンに集まった人たち。

     彼らは明日(3月23日)から2ヶ月かけてカチン州のミッソンまで歩いて行くという。カチン州の州都ミッチーナの近くのミッソンは、メカ(メ川)とマリカ(マリ川)の合流地点で、ここからエヤワディ河が始まる。そこまでただ歩くだけではなく、目的があった。ミッソン・ダム及び周辺のダム計画の完全中止を求めての行動だ。イラワジ河の始まりであるミッソン、このミッソンを含む数カ所でダムの建設プロジェクトがあった。

    ミッソン

    1999年に撮影したミッソン。右奥がメカ(メ川)、左奥がマリカ(マリ川)。

     これを進めていたのが中国の国有企業である中国電力投資集団で、発電した電力の90%中国へ送電するという計画だ。軍事政権時代に調印されたダム計画だったが、国内では反対の声が強かった。ダムによって周辺の村が水没し、生態系も破壊されするのに加え、エヤワディ河の源が沈んでしまうからだ。そうした中、2011年9月テインセイン大統領が中国側の反対を押し切ってミッソンダムの中断を発表した。このときは、私も驚いた。ミャンマーの民主化が本物かもしれないと思ったきっかけだった。

    ただ、ダム計画は中断であって中止ではない。テインセイン大統領の現任期が切れる2015年以降、計画が復活するかもしれない。それに、ミッソン以外の一部地域ではまだ建設が続いているという。「中断」ではなく、完全中止を求めての行動がこのミッソンへの行進だ。呼びかけ人は元政治犯たちの団体で、それに賛同した人たちがここに集まった。スタート地点のシュエダゴン・パゴダからミッソンまで Google Map で検索すると徒歩で 1,245km ある。東京から長崎までの距離とほぼ同じだ。

    ダム反対のスローガン

    ミッソン・ダム永久中止を訴えている。

     

    U Ba 氏と仲間たち

    話を聞いた U Ba 氏(左端)とその仲間たち。

    説明してくれた U Ba も元政治犯で刑務所に長く入っていた。あたりはもう暗くなってきていた。夕食がまだだったら、ぜひ食べていってもらいたいと言われ、行ったのが路上飯屋。小さなプラスチックのテーブルにミャンマーカレーとごはんとスープが出てきた。おいしくいただいた。すぐ側には菩提樹が立っていた。

    露店でのカレー

    暗くて何の料理かわからないほど。

     「菩提樹を見たら、ここで食事をしたことを思い出してほしい」

     彼は手を振りながら仲間のところに戻っていった。

    菩提樹の下で

    菩提樹の下で U Ba が手を振る。

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