ニセ写真

2008/5/24 土曜日 - 2:16:32 by 後藤 修身

2日ほど前、あるメーリングリストでサイクロン被害の様子を写したという、10枚近くの写真が入ってきた。海岸の波打ち際に横たわるいくつもの遺体、テントの中で変わり果てた姿を見せる多くの幼児、、、直視できないような写真だ。でも、何かおかしい。海岸には立派な建物が並び、救助活動している人はタイ語の文字が入った服を着ている。これらの写真を受け取って数時間後、訂正メールが入ってきた。これらの写真はスマトラ沖地震のときのものだった。

同じ写真が私の日本人の友人のところにもサイクロン被害の写真として届いた。もう世界中を巡っているのだろうか。単なる愉快犯の仕業と思われるが、ひどい話しだ。去年の民主化デモのときも、出所が分からない写真が出回っていた。ニセ写真にはご注意を。

地元の人たちの活動

2008/5/22 木曜日 - 7:57:23 by 後藤 修身

ほとんど報道されていないが、今回のサイクロン被害で特徴的なのが地元ミャンマー人たちのボランティア活動である。私が関わっているNPO、GMIでのヤンゴン事務所にはミャンマー人11人のスタッフがいるが、連日サイクロン被災者への救援活動を行っている。こちらのほうに活動報告がある。現在の様子をぜひ見てもらいたい。

外国人の人的支援が厳しく制限されているとか、軍政に渡った救援物資が本当に被災者へ届いているのだろうかという声がある中、こうした地元の人たちの活動は心強い。こうした人たちをサポートしていきたい。

ミャウンミャ myaungmya の様子

2008/5/21 水曜日 - 1:41:53 by 後藤 修身

チートゥシェインさんという在日ミャンマー人が5月7日から5月16日まで出身地のミャウンミャに行って被害の様子を見てきた。ミャウンミャは最大の被害があった地域のひとつ、ラプタという町の北に位置する町で、多くの避難民がいる。18日、シェインさんの報告会に行きた。その内容を簡単ですが箇条書きにしたので、みなさんの参考になればと思う。

シェインさんのブログ
http://myaungmya.jugem.jp/
なお、22日木曜日18:00よりJMCCで「シェイン先生に義援金を渡す会及び皆の思いを託す会」というのが開かれます。

————————————————————————
ミャウンミャまでヤンゴンから車で6時間ほど。アクセスは以前と同じ。ヤンゴン、ミャウンミャ間の道路や橋はだいじょうぶ。ミャウンミャ自体はサイクロンによる直接被害はあまりない。

ミャウンミャにはラプタから逃れてきた人たちが2万人ほど。僧院、学校、教会、モスクなどで避難生活をしている。ラプタなどの被害地域では、半数ほどの人たちが残っていると思われる。

ミャウンミャの行政およびコミュニティは以前と同じでしっかりしている。避難民には市当局や多くの市民ボランティアが世話をしている。市民ボランティアと市当局は良好な協力体制。

軍からの救援物資は、ミャウンミャを素通りしてラプタなどの南へ送られている。ミャウンミャにいる避難民には市民ボランティアや市当局が食料や必要な物資を提供。今はだいじょうぶだが、これがずっと続くと自分たちの食料なども不足してくるかと思われる。

シェインさん自身としては、ミャウンミャにいる避難民へサンダルとトイレを送ることを考えている。避難民は裸足で逃げてきた人がほとんどで、ミャウンミャでの生活で足を怪我をする人が多い。また、トイレが絶対的に不足していて衛生状態が悪い。サンダルは安いビーチサンダル、トイレは竹とビニルシートを使って、ひとつ500円程度でできるもの。

軍の援助活動が活発になったのは、国民投票の10日を過ぎた頃から。それまではあまり動きがなかった。

避難民の話:12フィートの波がやってきて、根こそぎ流されてしまった。自分は30時間以上木につかまり助かった。同じように木につかまっていた人の中には、強風でヤシの葉が飛んできて首が切断されていまった人もいた。また、救助される直前に力つきて流された人も。家族の中で助かったのは、自分と子供一人、妻と他の子供たちは流されてしまった。

田畑は海水につかり、今年の作付けは無理だといわれていた。来年以降のことは専門家でないので、分からない。

ヤンゴンでは市民のボランティア活動に対して当局が規制しようとしているようだ。ただし、情報が日々変わってくるので現時点でどうなっているかは分からない。少なくても、ミャウンミャでは当局と市民ボランティアの関係は良好で、双方助け合っている。
————————————————————————

光明

2008/5/16 金曜日 - 4:11:56 by 後藤 修身

サイクロン被害は悲惨な状況だが、光明がひとつある。
一般の民間ミャンマー人たちが自発的に被災者たちの支援に乗り出しているのだ。ヤンゴンに住む私の友人も仲間たちと一緒に金を出し合い、被災地へ物資を運んでいる。こういったグループがヤンゴンに無数といっていいほど生まれてきている。民間人が寄付をするときは翼賛政党であるUSDA(連邦団結発展協会)へ預けなければいけないという軍政のお達しがあるが、誰もそんなことは聞かない。各々の人たちが自分の方法でボランティア活動をしている。また、被災地では僧院に多くの人たちが避難している。これは、毎日が集会を行うのと同じだ。集会の禁止があるミャンマーでは今までになかったことである。

サイクロンは大きな被害をもたらしたが、それは大きなチャンスを与えたのかもしれない。

サイクロン

2008/5/8 木曜日 - 3:21:35 by 後藤 修身

ミャンマーでは、サイクロンによる想像できなほどの被害が出ている。
一時はヤンゴンへの電話、メールが一切通じなかったが、少しずつではあるが回復してきている。ただ、イラワジデルタの地域の詳しい状況はほとんど入ってきていない。島ひとつが全滅したなどの報道もあるので心配だ。

チベットとヤンゴン

2008/3/18 火曜日 - 0:41:29 by 後藤 修身

チベットには行ったことはないが、隣のインド国内にあるラダック(ここもチベット人らが住む地域)には2ヶ月半ばかり滞在したことがある。また、チベット専門のカメラマンやチベットに通い続けている画家の友人たちも周りにいる。チベットの事件は私にとっても人ごとではない。

今回のチベットに対する中国の処置は見事である。デモの鎮圧を始めてからは、外国人の立ち入りを禁止し、電話は通じにくくし、インターネットは検閲(これはいつもだが)し、外国人旅行者が撮影した映像は没収と、ラサを完全に封鎖してしまった。内部からの情報はほとんど出てこない。そして出てきた映像は国営の中央テレビの、 チベット人が暴れている姿のみ。ヤンゴンのときとは大違いである。

ヤンゴンのデモでは毎日トップニュースでデモ隊の映像が流れ、発砲する兵士の姿、生でヤンゴン在住の日本人との電話インタビューと、連日生々しい映像がいっぱいであった。ネットでも多くの写真やビデオがあふれていた。もしかしてミャンマーは報道が自由な国?と思わせるような状況であった。もちろんミャンマーで報道が自由なわけではなく、政府の取り締まりの力がないだけだ。中国と比べるとまるで大人と子供だ。今回、改めて中国の恐ろしさを感じた。「中国はチョットおしゃれな北朝鮮」と表現しているブログがあったが、まさにそうだ。「発砲していない」「動乱はダライ・ラマ派の企てだ」「不法分子が残忍な手段で無実の人民を殺した」「分離主義に反対し安定を守るため、人民戦争を戦う」「デモ参加者らに最後通告をし、降伏を求める」、これはおしゃれするのを忘れてしまって素顔を見せたんだろう。これが中国共産党政府だ。

それにしても情けないのが日本のマスコミだ。テレビに出てくるのは中央テレビの映像ばかりだ。この映像を流すのなら、プロパガンダだとはっきりと説明するべきである。それをたいした説明もなしに何度も流している日本のテレビは中国政府の思うように動いてる。先ほど、報道ステーションでチベットのニュースをやっていたが、これにはあきれてしまった。コメンテーターである朝日新聞の加藤千洋氏が、「現地の情報があまり伝わってこないのが悩ましい」とジャーナリストであるべき自分の職務を放棄したような口ぶりで、中国政府の責任をごまかしている。あげくに、中国の対チベット政策は「よかれと思って」やったと言う。加藤氏は去年のヤンゴンのデモのときはミャンマー軍政を強く批判し、日本政府はもっと圧力をかけるべきだと言っていた。加藤氏のような親中派ジャーナリストほどミャンマーの軍政に厳しいというダブルスタンダードが多いのは私の気のせいだろうか。

今回のチベットの事件を知るために参考になるブログふたつと、気になる記事ひとつ紹介します。

「中国はチョットおしゃれな北朝鮮」と表現した御家人氏のブログ
http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/61966f5d260dd235725065fc1a7a19c6

北京で奮闘する産経新聞の福島さんのブログ
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/513692/

チベットでは500以上殺されたというインドの新聞社India Dailyの記事。これが本当だとすると大変なことだ。
http://www.indiadaily.com/editorial/19252.asp

今度はチベットで

2008/3/15 土曜日 - 3:29:22 by 後藤 修身

数ヶ月ぶりのブログになってしまった。
ひさしぶりのブログなのに、またまたデモの話だ。しかし、ミャンマーではなく今度はチベットだ。数日前からラサでデモが行われているというニュースがあったが、それほど気にしていなかった。ところが今日、デモ隊と治安部隊が衝突して死者が出てしまった模様だ。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080314-OYT1T00819.htm
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/511887/

ラサで大規模なデモがあったのは1989年の3月、ちょうど19年目だ。ヤンゴンでは1988年8月に大規模なデモ、その19年目の2007年、去年のデモである。奇しくも同じ19年目だ。

そして、あの天安門事件が1989年6月である。オリンピックで盛り上がっている北京だが、ここにも同じ19年目が来るのだろうか?

セミナー「20年目の軍事政権:いまミャンマーで何が起きているか」

2007/11/1 木曜日 - 3:11:41 by 後藤 修身

11月7日に「20年目の軍事政権:いまミャンマーで何が起きているか」というセミナーがある。
http://www.spf.org/newsevent/071017.html

パネリストは、
工藤年博 JETROアジア経済研究所 主任研究員
伊野憲治 北九州市立大学大学院基盤教育センター 教授
土佐桂子 東京外国語大学外国語学部 教授
丸山市郎 外務省総合外交政策局 外交政策調整官

という、非常にバランスの取れた人選で、議論も深まりそうだ。センセーショナリズムや表面的な面白さだけを狙ったマスコミの報道に辟易している方はぜひ見に行ってほしい。

ところで、31日にパコグーで100人以上の僧侶によるデモが起こった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071031-00000217-yom-int
パコグーというと、今回の大規模なデモの始まりとなった町である。

週刊新潮、山口元大使の手記

2007/10/7 日曜日 - 17:29:21 by 後藤 修身

今発売している週刊新潮、10月11日号が手元にある。この146〜149頁に『スー・チー女史が「希望の星」という「ミャンマー報道」は間違っている』という元ミャンマー大使の山口洋一氏による手記が出ている。私の友人たちの間でもこの手記のことは話題になっている。今の時期に軍政を支持するというのは一種の勇気かもしれないが、事実誤認が多い。いくつか取り上げてみたい。

実は、デモを行っているのはいわゆる一般市民ではなく、言葉は悪いですが、その多くは無頼漢や与太者、失業者などで、NLDから金銭の提供を受け、動員されているのは事実なのです。

これは、デモが盛んに行われていた頃に国営放送が放送していた内容と同じである。ミャンマーの国営放送は中国の国営放送と同じで、当局の都合の悪いことは流さない、政府の宣伝放送局である。私はデモが盛んだった頃何度もヤンゴン在住のミャンマー人や日本人に電話で聞いたが、今回のデモについては血気にはやった若者はいても、無頼漢や与太者と呼ばれるような人たちはいなかった。また、NLDから金銭の提供があったという証拠は現時点では出ていない。88年の『民主化暴動』のときは、文字通り暴動に近い事態になり、山口氏の書いている無頼漢や与太者たちが騒ぎに乗じて盗みを働くということが多くあった。

その証拠に、96年、ヤンゴン市内でスー・チー女史の乗った自動車が、暴徒に囲まれ、立ち往生する事件がありました。彼女の身に危害が及ぶ寸前、警官が暴徒を排除し、守ったのです。

これは、1996年8月にヤンゴンのダラー地区で起きた車内ろう城事件のことだと思われる。この時期、スーチーは自宅軟禁から解放されていた時期で、政治活動を行おうとヤンゴンから地方へ車で出発したがダラー地区で軍政当局に制止された。そこで、スーチーは軍政に抗議するため、車内に数日間ろう城した。ろう城した理由については、軍政の横暴を海外にアピールする意味があったためだともいう。

88年当時、国内では18の少数民族が、反政府の武力闘争を繰り広げていました。首都に住む市民でさえ、日常的に銃声を耳にしていたほどの激しい内戦だったのです。

私は87年に初めてミャンマーを訪れたが、その当時ヤンゴン市内は平穏であった。80年代JICAの仕事で数年間ヤンゴンや地方住んでいた方と親しくしているが、ヤンゴンで日常的に銃声という話は聞いたことがない。この当時、ヤンゴンを含むビルマ族が多く住む地域は平穏で、シャン、カチン、カレンなどの少数民族の地域では戦闘が続いていたというのが事実だ。ヤンゴンで銃声というのは、50〜60年代のことである。

他にも事実誤認があるが、これくらいにする。山口氏の手記が全て誤りとは言わない。スーチー善、軍政悪という視点でしかミャンマーを語らないマスメディアに問題があるという、山口氏が指摘する点については、私も賛同するところがある。しかし、事実誤認を前提としたこの手記では逆効果になると思う。それに、ミャンマー問題に詳しくない一般の人がこの記事を鵜呑みにする危険性がある。週刊新潮も影響力のある週刊誌だから、もう少し注意して記事を載せるべきではないか。

実は、山口氏とは以前日本で一度お目にかかったことがある。ミャンマーから伝統舞踊のグループが来日したときに、山口氏が個人的に鎌倉へ招待したということがあり、そこに私も同行したのだ。そのときの山口氏は全然官僚らしくなく、誰にでも気さくに接する方で好印象であった。その方がこのような手記を書くのは、氏の周りの人たちが偏った人たちばかりのせいだろうか。残念である。

制圧宣言

2007/9/30 日曜日 - 4:15:13 by 後藤 修身

あっけなく終わった。
10万人規模といわれたデモからまだ1週間経っていないが、昔の出来事のような気がする。あとは小競り合いは残るであろうが、もう終わったも同然である。後残るのは、僧侶たちによる、軍、政府関係からの布施の受け取り拒否や軍関係の行事への出席拒否などの非協力、不服従程度のことしかできないだろう。ただ、ミャンマーの仏教界も一部では乱れているので、政府に絡め取られている高僧も中にはいる。