• 朝早く目が覚めた。僧院の板の間に寝袋だったので熟睡はできなかったが、朝早く目覚めるのは気持ちがいい。いや、他の人たちは私のいびきであまり寝られなかったようだが・・・。気持ちがいい朝は、快い便意がもよおしてくる。村のトイレ事情調査も兼ねて、昨日納豆をもらった家のほうへ歩いて行った。

    朝6時のポンニョン村

    朝6時のポンニョン村

    昨日の家を通り越すと家はすぐに途切れ、下りの斜面になった。おお、あった。竹で小さな家。あれこそポンニョンのトイレだ。斜面に数軒ボツンボツンと建っている。なかなか風流な風情だ。そのひとつのドアを開けた。木の床の真ん中に四角い穴が開いている。匂いはほとんどしない。気持よく朝の仕事が終わった。

    斜面に建つトイレ

    斜面に建つトイレ

    トイレのある斜面は気持ちのいい風が吹いていた。鳥の声も聞こえる。正面には山があるが、そこに行くには一度谷まで下りまた登らなければいけない。3時間はかかるだろうか。

    Audio MP3

    鳥の声と虫の羽音(バイノーラル録音)

    トイレの向こうに見える山並み

    トイレの向こうに見える山並み

    次に教会へ向かった。その途中、竹林があった。ナガの竹は日本のとは違い、密集して数十本生えている。そうした密集地が何箇所かある。この竹を見ると、「ああ、ナガに来たんだ」といつも感じる。この竹はタイミンチクと日本では言われているらしい。日本には沖縄を除きほとんどないが、台湾や東南アジアでよく見かける竹だそうだ。

    その広々とした竹林にさっきと同じように風流なトイレがポツンポツンと建っている。いや、これはトイレというより厠と言ったほうがいい。野点でもできそうな雰囲気だ。このポンニョン村、今までのナガの村とはかなり趣きが違う。魑魅魍魎が出てきそうな荒々しさや闇があまり感じられない。山の上の比較的平坦な土地で見晴らしもいいという地理的な理由もあるが、人もオープンで穏やかだ。風流なナガという名前を付けたくなる。

    竹林の中の風流な厠

    竹林の中の風流な厠

    ラヘーから最も遠い「奥地」が一番開(ひら)けていたというのは、2006年に行ったレイシと同じだった。レイシはラヘーの南にある大きな町(村?)で、南部ナガの中心地だ。そこに行ったのが2006年、土橋先生と一緒だった。レイシには、ラヘーと同じようにトラックで入った。レイシから奥の村は当時は歩くしかなかった。片道4日の山道を毎日数時間歩いた。最後に着いたのがインド国境に近いソムラだった。レイシから4日も歩いて行く村だからさぞかし辺境の地だろうと思っていたが、最も大きくて最も開けていたのがソムラだった。

    インドから来たナガの青年

    道路工事のため、インドから来たナガの青年。車はスズキ

    ミャンマー側から見ると最も奥でも、インド側から見ると逆に一番近い。インフラが整っていて「文明化」したインド側のナガ、そこから近いソムラやポンニョンが開けているのは当たり前のことだった。

    メインストリートの両脇に小さな集落が並ぶ

    メインストリートの両脇に小さな集落が並ぶ

    教会に着いた。今まで訪れたナガの村には教会がなかったが、ポンニョン村では一番見晴らしのいい場所に立派な教会があった。中を覗くと牧師が説教をしていた。牧師も信者たちも全て女性たち。男より女のほうが真面目というのは、ナガも同じだった。

    ポンニョン村の教会

    ポンニョン村の教会

    教会に来ていたのはみんな女性

    教会に来ていたのはみんな女性

    教会に来ていたかわいいおばあちゃん

    教会に来ていたかわいいおばあちゃん。顎に刺青がある。

    牧師も女性

    牧師も女性

     

  • 午後2時過ぎ、ポンニョン村に到着。

    おっ、今までと違うぞ。大人たちが出払って静かなのは同じだったが、村が明るくて広い。実際、ポンニョン村には160軒ばかりの家で人口は800~900人なので、このあたりではかなり大きな村だ。バイクは村の中を進み、中央の広場に着いた。なんだ、あれは?

    ショベルカーが並んだポンニョン村

    ショベルカーが並んだポンニョン村

    黄色が鮮やかなショベルカー4台が広場に並んでいた。ポンニョン村に来る途中見かけたショベルカーと同じものだ。外国人がまだ入ったことのないという、ラヘーから一番奥の村に来たらそこには黄色いショベルカーがあった。アームの部分にJCBと大きく書かれていたが、もちろん日本のJCBとは全く関係がない。イギリスのメーカーで建設機械では世界第3位だ。この黄色を「JCBイエロー」というらしい。

    インド側から来た、「JCBイエロー」のショベルカー

    インド側から来た、「JCBイエロー」のショベルカー

    早速、村の中を歩いているとトタン屋根の家から声がかかった。ナガの村ではトタン屋根は金持ちの象徴でもある。中には男性二人と子どもを抱えた若いお母さんがいた。彼らはみんなビルマ語が話せた。

    「はい、お茶」

    といって出てきたのが、ミャンマーでいつも出てくるイエヌエジャンではなく、紅茶だった。ミャンマーでは烏龍茶に似たイエヌエジャンが最も普通のお茶で、他にはとても甘いミルクティーか、とても甘いインスタントコーヒーが普通だ。それが、このポンニョン村で出てきたのが、何も入ってないブラックティーだ。ミャンマーでは初めての経験、なかなか美味だ。男性の一人は村の牧師で、もう一人はトランシーバーで盛んに連絡を取っていた。

    トランシーバーで工事現場と連絡をとる

    トランシーバーで工事現場と連絡をとる

    早速、ショベルカーについて聞いた。ショベルカーはインドの土木会社が持ってきたもので、この村に土木会社のインド人たちも寝泊まりしているという。この会社はインドからラヘーへと繋がる道路建設を行っている。村に来る途中、川で工事をしていたのもこの会社がやっている工事だった。ポンニョン村からもかなりの人たちが工事に出ている。日当は1日200ルピーだ。そう、チャットではなくルピーだ。国境の村ポンニョンではルピーも普通に流通しているのだ。200ルピーというと340円ほど、現金収入が限られているナガではけっこういい収入だ。

    ブルドーザーで遊ぶ子どもたち

    ブルドーザーで遊ぶ子どもたち

    ここの家は村の中で道路建設についての世話役のようなことをやっているらしい。まだ若いお母さん、私が興味深そうに囲炉裏の上に置いてあった納豆の匂いを嗅いでいると、

    「それあげる」

    と、手作り納豆をくれた。

    ナガの手作り納豆

    ナガの手作り納豆。日本の納豆よりずっと納豆臭い

    納豆をくれたポンニョン村の若いお母さん

    納豆をくれたポンニョン村の若いお母さん

    空が薄暗くなってきたころ、広場から歓声が聞こえてきた。JCBイエローが次々と帰ってきた。ショベルカーのバスケットの中に若者が何人も座り、はしゃいでいる。子どもたちもあつまり、祭りのように賑やかになった。

    工事現場から若者たちが戻ってきた

    工事現場から若者たちが戻ってきた

    インド側工事関係者

    インド側工事関係者。左端はネパール人だがこの工事の責任者

    村の子ども

    村の子ども

  • 心配した雨も降ることはなく、バイクは快調に走る。ちなみにバイクは4台とも中国製、日本のバイクは高くて買えないそうだ。

    こんな細い道も現れる

    こんな細い道も現れる

    この崖から落ちるとやばい

    この崖から落ちるとやばい

    竹橋

    竹橋

    ちょうど昼ごろ、サッパロー村に到着。この村は新しく移転してきた村なので、家も新しい。昨日のマッチャン村やサントン村より開けている感じだ。向こうの山の山腹に小さく元の村が見える。子どもたちの写真を撮っていると、こっちに来いと真新しい大きな家の人に呼ばれた。

    開けた場所にある、真新しいサッパロー村

    開けた場所にある、真新しいサッパロー村

    中には40~60才くらいの男たちが酒を飲んでいた。その中の40才前後の一人の男だけ雰囲気が違う。こざっぱりしてビルマ語も流暢だ。彼はここ一帯の軍の司令官だった。軍の基地はサッパロー村の先のソロ村にあるという。我々がポンニョン村へ向かうと言うと、帰りはぜひソロ村に泊まっていけと勧められた。

    サッパロー村を後にしたバイク隊はそのソロ村に立ち寄った。大きな村だったがガランとしてほとんど人がいなかった。子どもたちをちょっと見かけるくらいだ。この村も農繁期で大人たちは焼き畑に働きに出ているようだ。

    ガランとしたソロ村

    ガランとしたソロ村

    ソロ村を出るとポンニョン村までもう少し。と、突然道がなくなった。真新しい土砂が上から降ってきて、それが道を塞いでいたのだ。上からはディーゼルエンジンの音。どうも、道路工事のようだ。この土砂を駆け上がり新しい道に出ることにした。バイク隊の青年たち、元気よく駆け上がる。それにしても、ラヘーからこんな山奥に入ってブルドーザーに出会うとは思ってもなかった。

    バイク道が行き止まり。頭上には工事中の新しい道。

    バイク道が行き止まり。頭上には工事中の新しい道。

    土砂を勢いよく駆け上がるバイク隊

    土砂を勢いよく駆け上がるバイク隊

    道路工事の現場からしばらく走ると谷に降ると、たくさんの若者や子どもたちが働いていた。橋の建設現場だった。村に人がいなかった理由は農作業だけではなかったのだ。

    橋の工事に集まった村の若者や子どもたち

    橋の工事に集まった村の若者や子どもたち

    その谷を渡り、まさに今できつつある道を駆け上がる。真新しい黄色いパワーショベル&ブルドーザーの脇を抜けてカーブを曲がるとポンニョン村が正面に見えてきた。

    黄色いショベルカー&ブルドーザの横を抜けると、ポンニョン村だ

    黄色いショベルカー&ブルドーザの横を抜けると、ポンニョン村だ

  • ラヘーの朝、雨音が止んでいた。昨日は夕方から降りだした雨が降り続き、寝床の中でも雨音を聞いていた。その雨も朝にはぴたりと止んでいた。後で聞いたのだが、毎年4月の始めは雨が降ることが多いという。降るといっても3~4日程度で、その後は5月初めまで晴れが続くらしい。昨日は4月始めの雨にちょうど当たったみたいだ。

    8時半、ポンニョン村へ出発した。ポンニョン村はインド国境近くにある村で、まだ外国人が入ったことがないということで、予定を変更して行くことにした村だ。美人が多い村という話に惹かれたというのは内緒だ。

    雨は降ってないが、滑る滑る。昨日の雨で地面がゆるみ、バイクが真っ直ぐに走れない。私が乗ったバイクは2度転んでしまった。どちらもスピードが出てなかったので怪我はしなかったが、私は泥だらけになった。

    スリップして上れないトラック

    スリップして上れないトラック

    しばらく走ると泥道も少なくなってきた。ラヘーの近くが特に雨が多かったようだ。ラヘーから離れると道もだんだんと乾いて快適なサイクリング道になってきた。

    バイク4人組

    バイク4人組

    ガンガン飛ばす

    ガンガン飛ばす

    時々、村人の一団とすれ違う。彼らは時速4Km、こちらは時速30Km、追い越していく我々を見て何を思っているだろうか。

    ときどき村人たちとすれ違う

    ときどき村人たちとすれ違う

    突然前に大きな動物が現れた。象だ! タイによくいる観光用の象とは違い、人と一緒に働く使役象だ。ミャンマーでは今でも材木の切り出しに象が使われている。私は大喜びで象の周りをウロウロしたが、象は意に介する事無く悠然としていた。象だけのときは危なくてこんなことはできないが、象使いと一緒にいる象は大人しい。若い象使いも上から悠然と見ていた。

    材木を運ぶ使役象

    材木を運ぶ使役象

    象も象使いも悠然としている

    象も象使いも悠然としている

    ミャンマーでは使役象がまだ各地にたくさんいるが、これは世界的に見て非常に珍しい。国が閉ざされ経済発展も遅れていたという理由もあるのだが、軍政時代でも国は使役象を保護してきた。ミャンマーでは国が直接管理している使役象もたくさんいて、そうした象使いは森林局の公務員だ。ただ、今回我々が出会った象は国の象ではなく、民間の象だった。

     ミャンマーの象に関しては象の本も出版している大西さんが非常に詳しい。私の象の知識もほとんど大西さんからの受け売りだ。

  • ナッサヤーの家を出た。さっきまで村を覆っていた雲も晴れ、村の全体が見渡せるようになった。村は奥に長くのびていた。一番向こうは小高くなった山の上だった。2Kmくらいあるだろうか。高いところがあるだったら行かなきゃと、村の一番奥を目指すことにした。

    山の上まで村が延びていた

    山の上まで村がのびていた

     ちょうど、薪を背負ったおばあちゃんがやって来た。

    「ペーチャーガティ」

    と挨拶をする。マッチャン・ナガの言葉で、「お元気ですか?」というような意味だ。おばあちゃん、ちょっと不思議そうな顔をした。私が知っているのはこの言葉以外に3~4つ。会話にはならない。おばあちゃんは、そのままスタスタと歩いて行った。私もその後をついて行く。まるでストーカーだな。おばあちゃんは足が早い、私は寄り道をして写真を取っている。結局、私は置いて行かれてしまった。

    おばあちゃんの後をつけていく

    おばあちゃんの後をつけていく

    それにしても静かだ。昼間の2時だというのに人がほとんどいない。子どもが遠くに数人見えるだけだ。これだけ人がいないのには理由があった。4月は雨季の始まる前で農作業で最も忙しい時期だったのだ。働ける人たちはみんな朝早く焼き畑まで出かけて、夕方戻ってくる。焼き畑が遠い場合は、小屋を作って農繁期の間そこで寝泊まりする場合もある。こんなわけで、4月のナガの村は静かだ。ちょっと坂がきつくなった。こんな坂でも家が地面にへばりつくように建っている。

    30度ほどの斜面に家(住居用ではないようだ)がへばりついている

    ナガの犬は柴犬みたいでかわいい

    ナガの犬は柴犬みたいでかわいい。でも・・・

    一軒の家の前で40才前後の男性がいた。私よりずっときれいな格好をしている。「ペーチャーガティ」と挨拶すると、ビルマ語(ミャンマー語)が返ってきた。珍しく彼はビルマ語が話せるマティカという村人だった。彼の話だと、ここサントン村には120家族で840名ほど住んでいて、さっきまで我々がいたマッチャン村はこのサントン村から別れてできた村だという。 

    「最近まで村は自給自足で金は全然いらなかった。でも、今では金が必要なんでラヘーに働きに行っているよ。ほら、ソーラーパネルも買わなきゃいけない」

    と、家の横に立てられたソーラーパネルを指さした。この村でもバイクを持っている人が何人かいるという。つい最近まで自給自足の生活だったのが、一気にソーラーパネルやバイクが流入してきた。それらと一緒に我々外国人も流入してきたわけだ。

    マティカの家のソーラーパネル

    マティカの家のソーラーパネル

    マティカの家で出会った少女。恥ずかしがりながらもしばらくついてきた。

    マティカの家で出会った少女。恥ずかしがりながらもしばらくついてきた。

    頂上はもうちょっとだ。両脇に家が並ぶ村の坂をゆっくりと登る。おっ、子どもたちがいた。杵と臼で脱穀をしている。またまた「ペーチャーガティ」で挨拶した後、ビルマ語で「写真を撮るね」とカメラを向けた。お姉ちゃんのほうは最初は何がなんだか分からなかったようできょとんとしたが、すぐに走って家の中に入っていった。驚かせてしまったようだ。外国人がラヘーの奥の村まで来るようになったのは去年からで、それも少数だ。

    頂上まであとわずか。道の両側に家が並ぶ。

    頂上まであとわずか。道の両側に家が並ぶ。

    頂上についた。頂上は藪になっているだけで何もなかった。頂上から奥も藪が続きその向こうにはもう少し高い山に続いていた。ここまでけっこう時間がかかった。ナッサヤーの家の出て30分くらいだろうか。誰にも言わずにここまで来たので、今頃私を探しているかもしれない。早く戻ることにした。 

    かなり上まで来てしまった。

    かなり上まで来てしまった。

    また雲の中に入った村をどんどん降りていく。村の入り口あたりまで来たが誰もいない。まあそのうち誰か来るだろうと待っていると、パンパンパオンとバイクがやって来て、みんなと合流できた。

    「これから首輪を付けなきゃね」

    などと言われながら、ラヘーへと帰途についた。 

    ラヘーへと、帰途を急いだ

    ラヘーへと、帰途を急いだ

    ドライバーは早く帰りたいようで、バイクを飛ばす。そのうち雨が降ってきたと思うと、土砂降りになった。落ちないようバイクにしがみつくこと1時間、やっとラヘーに着いた。

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