その他

スパムメールとGmail

2007/08/10 金曜日 - 21:56:52 by 後藤 修身

毎日300通以上のスパムメールが来る。いくら温厚な?私でも毎日だと頭にくる。手をこまねいていてもしょうがないので、2年くらい前から POPFile というフリーソフトを使っていた。スパムだと判断すると自動的にゴミ箱へ捨ててくれる。また、学習機能があって、間違いを教えてあげるとだんだんと賢くなるという優れものだ。98%くらいの精度にはなった。しかし、1日1回くらいは間違ってゴミ箱へ行ったメールがないかどうか、ゴミ箱をチェックしないといけないし、ゴミ箱行きといっても、自分のパソコンにスパムメールをダウンロードすることには変わりない。ということで、ちょっと前から、GoogleのGmailをスパムフィルター代わりに利用している。
Gmailにはフェッチャーという仕組みがあり、Gmailとは関係のないメールボックスから自動的に(数分おきに)Gmailのメールボックスへ取り込んでくれる。また、取り込んだときにスパムフィルターで自動的にスパムメールがスパムボックス行きになるのだ。で、あとは転送サービスを利用すると、スパム以外のメールを任意の転送先に送ってくれる。ということで、これらを利用することで、スパムメールは自分のパソコンには入ってこなくなった。こりゃ気持ちいい。スパムフィルターの精度もなかなか高いが、POPFileにはまだかなわないようだ。
困ったこともある。自分のメールがときどきスパムメールになることだ。それに、ミャンマーからのメールもけっこうスパムになる確率が高い。ということで、時々スパムボックスを見に行かなければいけないのは従来と変わらない。そういえば、いつもスパムメールもどきのメールを送ってくる友人がいる。彼のメールもスパムメールと判断された。さすがGoogleである。あとは不思議な現象として、フェッチがたまに止まってしまうのだ。原因はわからない。「最近メールが少ないなあ」と思っていたときだ。何気なくGmailの設定を見ていたら、3日前からフェッチがとまっているではないか。あわててすぐにフェッチを行ったのだが、Gmailは一定時間にダウンロードできるメールの数に制限がある。だいぶかかって全てのメールを取り込むことができた。こういうことが3度ほどある。なぜだろう?
Googleは非常に魅力的なサービスを無料で提供している。私もGoogleびいきだが、あまり依存しすぎるのも怖い。検索順位のつけ方やスパムメールの判断方法など、Googleは公表していない。まあ、公表するとそれを悪用しようとする人間が必ず出てくるから公表しないというやり方も理解できる。ただ、Googleが何らかの意思を悪意を持って恣意的に特定の情報を排除することもできる。実際、日本ではGoogle 八分ということもおきている。特定のサイトがGoogleの検索結果には出てこないというものだ。Googleの検索結果に出てこないということは、インターネットの世界にそのサイトが存在しないのと近いものがある。もっと怖いのは中国での例だ。Googleが中国でビジネスの許可と引き換えに中国政府の検閲に協力している。中国のGoogleでは、天安門や自由や民主主義などという言葉で検索しても、中国政府にとって都合の悪い検索結果は表示されないのだ。結果、中国のGoogleでは天安門事件は幻になった。ただ、これはGoogleだけの問題ではなく、Yahooやマイクロソフトも同じである。

ピースマーク?Vサイン?がんばりましょう

2007/06/16 土曜日 - 04:47:24 by 後藤 修身

先日、東京タワーに行ってきた。ミャンマー人とラオス人の若い女性二人の案内だ。案内といっても私も東京タワーにのぼるのは初めて、もう一人の同行者、若いミャンマー人のお兄ちゃんが以前のぼったことがあるので、実際はその彼の案内だったというほうがいい。東京タワーの後は秋葉原電気街、浅草、両国の東京江戸博物館と、なかなかの豪華東京ツアーでなかなか楽しかった。
彼らと一緒にいてすぐに気がついたのが、大の記念写真好きだというにだ。私は無条件で彼女たちの専属カメラマンになっていたのだが、私のカメラだけでは物足りないようだ。「こっちでも撮って」と自分たちのデジカメを私に渡す。それに、時間さえあればお互いに写真を撮り合っていた。秋葉原でも、新しいデジカメを買っていた。まだ十分使えるデジカメをもっているのにだ。ミャンマー人が写真大好きだというのは以前から感じていたのだが、ラオス人も負けていなかった。ラオス人のTさんは得意技は、ピースサインである。そこらで見かける普通のサインではない。腰のあたりで手首をくいっと上げ、人差し指と中指でVサイン。目立ちたいけどちょっと恥ずかしいという気持がその格好には表現されている。彼女の解説によると、ラオス人は写真を撮るときにみんなこの格好でやるそうだ。私はラオスに行ったことはないので、その言葉を信じるしかなかった。でもこのスタイルは彼女独特のピースサインではないかと私は疑ったいる。それと、このピースサインのときに、「スータイ」と口にだすという。「がんばりましょう」という意味らしい。何をがんばるのか? きれいに撮られるのをがんばるのだろうか。世界はまだまだ奥が深い。

ジャズライブ

2007/04/09 月曜日 - 02:40:44 by 後藤 修身

先日、なぁ〜じゅという錦糸町のジャズのライブハウスに出かけた。
http://www.d1.dion.ne.jp/~nage/
いや、ライブハウスというより昔懐かしジャズ喫茶やジャズバーといった雰囲気の店だ。
ブラザーシスターズという女性2人組のボーカルとピアノ・ベース・ドラムのトリオによる演奏なのだが、これがなかなか楽しい。おねえ様二人組(中野渡章子さんと小川幸子さん)のボーカルは都会的な響きなのだが、トークはオヤジギャグが飛び交うかけ合い漫才、このギャップがいい。トリオ(小林創[p.]加藤人[b.]日高弘[Drs.])の演奏も肩の力がほどよく抜けたスイング感が気持ちいい。

スイング中のトリオ

熱唱中のブラザーシスターズ
ブラザーシスターズ&トリオの演奏を初めて聴いたのは今年の1月、私にとって25年ぶりのジャズライブであった。このときニルソンのWithout You をリクエストしたのが運の尽き。Without You と目の前で歌われりゃ次も聞きに行かなくてはいけない。ことはないのだが、今回で3回目だ。去年から慣れないサラリーマンをやっている私にはほっとできる時間である。のはずであったが、ここ2回ばかりはカメラを持ってうろうろしている。ジャズを聴くのも楽しいし、写真を撮るのも楽しい。
ボーカルの中野渡章子さんのサイト
http://www.geocities.jp/heartland7139jp/
ピアノの小林創さんのサイト
http://www.geocities.jp/kobstride/

あけましておめでとうございます&ジョローの初夢

2007/01/01 月曜日 - 11:50:07 by 後藤 修身

みなさん。あけましておめでとうございます。
私のブログが開店休業状態ですいませんでした。今年はハッパをかけなくては。
また、ミャンマーの状況も相変わらずで、いいニュースはほとんどなかったのですが、今年はどうなることか。
ところで、ジョロー&ナガのCDですが、あの北中正和さんのブログに論評してもらいました。
http://wabisabiland.cocolog-nifty.com/wabisabiland/2006/12/2006.html
北中さんというと、ロックやワールドミュージックの世界では有名な評論家です。私がまだ若かった頃、ニューミュージックマガジンの愛読者だったんですが、その中で北中さんの文章ををよく目にしていました。
これで、ジョローも世界的歌手、という初夢でジョローが今頃目が覚めた頃か。

ジョロー&ナガのCD〜その1

2006/11/15 水曜日 - 00:30:51 by 後藤 修身

なんと5ヶ月半ぶり、ひさしぶりのブログです。
5月からサラリーマンもどきをやっていて、ついついブログのほうもごぶさたしてました。
再開1号として、まずはナガのCD紹介から。
今年の3月にナガの村々を巡ったときに録音したものを編集した。前半はジョローというナガの歌手の歌を、後半はナガの村での伝統的な歌や賛美歌を収録している。こちらでサンプルの音が聞けるのでぜひ聞いてほしい。
まず、ジョローのことを。

2001年1月、レイシで行われたナガ新年祭のときに彼と初めて会った。伝統のモヒカン刈りの頭の彼が祭りの会場ですっくと立っていたのが印象的だった。そのときはシャッターを押しただけであったが、翌年、ラヘーでの新年祭のときに再会した。その新年祭では彼はソムラからやってきた音楽バンドのリーダーとしてステージに立っていた。ミャンマー側ナガでは唯一の音楽バンドだ。ステージ上でフンドシ一丁の姿になって彼は熱唱していた。そのジョローに、「今度ソムラへ行くと」と言ってから4年、やっとその言葉を実行することができた。ソムラはタンクン・ナガの中心の村でインド国境近くにある。祭りでは大いにはじけている彼であるが、普段はソムラで農業をやっている。ナガの山奥で鋤や鍬を持って働きながらも、アコースティックギターを片手に作詞作曲に励んでいるのがジョローだ。インド側までは1日あれば歩いていける距離なので、インド側のスタジオ(どんなスタジオだろう?)で録音した自作テープもある。最初はそのテープを日本で売ろうかとも思ったが、えらく音が悪い。それじゃあということで私が現地で録音してきた音が今回のCDになった。

ジョローとジョローの子供たち

録音は村の中。宿舎(といっても、小屋のようなところ)での録音であった。夜、村が寝静まった後のローソクの光の下であった。いつもの彼の愛用のギターは隣村に置いてきたので、ギターはこの村で探してきた。なれないギターなので何度かやり直しをしながら、1時間ほどの録音だった。マイクは私の手持ちであった。録音中に村の人たちが時々やってくる、その度に録音やり直しであった。全部で10曲ほどであったが、無事録音を終えて3人はほっとした。もう一人はD先生。D先生はずっと息を細めていてくれたのだ。
ジョローの歌は聞いてのとおりフォークソング、それもカントリーっぽい雰囲気があるのが不思議である。ナガには比較的早くキリスト教が入ってきた。そのキリスト教と一緒に来たのが賛美歌である。その賛美歌の影響を受けているのだ。ミャンマーでのポピュラーソング歌手はビルマ族より少数民族が多い。ビルマ族の多くは仏教なので歌を歌う週間があまりない。逆に少数民族はキリスト教徒が多いので日曜教会などでよく歌を歌う。学校での音楽教育がないミャンマーでは、この宗教の違いによって音楽環境が全く違ってくるのだ。ということで、ミャンマーでは少数民族の歌手が多いということになる。
ジョローのお気に入りの歌手は、サイティーサインだという。サイティーサインはミャンマーのさだまさし、南こうせつである。顔は南こうせつに似ている。シャン族のサイティーサインもカントリーぽいフォークを歌う。ジョローはサイティーサインの影響をだいぶ受けているのだろう。サイティーサインというと、オリジナル曲を歌うことでも有名だ。著作権意識の薄いミャンマーでは人の曲、外国曲をさもオリジナルかのように勝手に歌う歌手が多い。曲のクレジットを見ても作詞作曲など書かれていないケースが大部分だ。しかし、サイティーサインはオリジナル歌うことをモットーにしている。ジョローもほとんどオリジナルだし、それに誇りを持っている。これは見上げた姿勢だ。

ジョローの弾き語り、ナガの青空と風と土とろうそくの光を想像して聞いてほしい。
そう、ひとつ忘れていました。CDの売り上げの中からジョローにはちゃんと著作権料を支払います。将来は本当のプロとして音楽で生計を立ててほしいと願っている私です。

MP3プレーヤーで生録 〜その2

2006/01/20 金曜日 - 23:11:23 by 後藤 修身

これは、アイワのマイクCM-DS6とアイリバーiFP-899のカップル記念写真だ。iFP-899には、標準で付属していたカバーを付けている。ごらんのように本体とカバーの色が全然マッチしていない。マイクのほうも本体はプラスチックで安っぽい作りだ。という外見はさえないカップルであるが、音はいい。

先日、JRの総武線でとった音があるのでご紹介する。MP3の160kbpsで録音した。オリジナルの音は長かったので、途中の35秒間だけ抜き出した。その後、ノーマライズ(音量を大きく)し、MP3の128kbpsで保存した。全部で559KBある。
こちらがJR総武線のとあるホームでの音
どうです。いいでしょう。とても2万円弱で揃えた機材とは思えない。MP3での録音時間も1GBのメモリがあるので、128kbpsだと16時間はOKである。

MP3プレーヤーで生録

2006/01/17 火曜日 - 01:23:33 by 後藤 修身

MP3プレーヤーを買った。
MP3プレーヤーというと、アップルのiPodが圧倒的に有名であるが、私が買ったのはアイリバーという韓国メーカーのiFP-899という機種だ。写真を見ても分かるように、iPodと比較するとダサい。それでも、この写真のままだったら許容範囲であるが、付属していたビニールケースに入れると、人前に出すのもはばかれる雰囲気になる。

でも、そんなことはどうでもいいのだ、という大きな長所がこの機種にある。というのも、外部ステレオマイクを繋ぐことができるのである。ICレコーダーと同じように、マイクが付いているMP3プレーヤーは各メーカーからいろいろと出ている。ただ、マイクはモノラルで音質もあまり良くない。この手の録音機能は会議などの音声をメモするためのためだから、それで十分なのだろう。でも、このアイリバーの機種はステレオマイクを直接繋ぐことができ、マイクさえ選べば音質もそこそこいい。で、買ったマイクがアイワのCM-DS6である。もちろん、プロやマニアが数万円のマイクを十万円近いDATに繋いだ場合と比べると音質は落ちるだろういが、私には十分すぎるクオリティーだ。その昔、ソニーのカセットデンスケにあこがれていた私には、こんな小さくて簡単に生録できる製品が1万円ちょっとで買えるなんて夢のようである。
という優れもののアイリバーであるが、残念なことにこの会社の新しいMP3プレーヤには外部マイク接続の機能が付いていない。私が買ったiFPシリーズはもう旧製品で流通に流れているものが売れてしまったら同じような製品は他になくなってしまう。どこか作らないのだろうか。
そうそう、今度ミャンマーに行くときにこれで現地の音をとってくるつもりである。

すごいぞ、シンガポール 〜その1

2005/12/14 水曜日 - 07:04:27 by 後藤 修身

先週、友人の結婚式で初めてシンガポールに行ってきた。いろんな意味ですごい国だった。実質2日間の滞在だけなので、勘違いや私の無知もあるかもしれないが、思いつくまま印象を書いてみたい。
まず、異常なほど美しい。いや、美しいというよりもクリーン&合理的といったほうがいい。中心地には近代的なビルが立ち並んでいるが、街路樹などの緑もたっぷりある。また、ちょっと郊外に出ると緑だらけだ。熱帯地方の緑の生命力は強い。放っとくとそこら中覆い隠すほど茂るのだが、シンガポールの緑は植物園の緑だ。芝生は刈り込まれ、木々は剪定されている。これらの作業をしている人たちを頻繁に見かけた。
また、薄汚れたビルはほとんどなかった。近代的な真新しいビルか、パステルカラーで美しくペインティングされているものが多い。熱帯だとビルの壁面もすぐに汚れてくる。ヤンゴンのダウンタウンのビルなどはその典型だ。話を聞いたシンガポール人によると、5年に一度は壁面をペンキで塗り替えているらしい。
シンガポールには街の猥雑さなどはほとんどなかった。無秩序で毒々しいといった看板はほとんど見ないし、裏通りに入っても整然とした街並みが続き、ゴミもほとんど落ちていない。大声でケンカしているのも一度見ただけだ。シンガポールの住民の多くが中国系というのにこの整然とした雰囲気はどうしたことか。また、シンガポール人の多くは郊外の高層住宅に住む。居住地域として決められた地域に住宅用高層ビルだけが整然と並んでいる。日本のようにビルがあったり平屋があったり商店があったり工場があったり道が入り組んでいたりという町とは全然違う。町と呼ぶよりも単に居住地域と呼んだ方がよさそうだ。
私は古い街並みを見たくなって、植民地時代の建物はないか尋ねた。連れて行ってもらったのが英国植民地時代の家が建ち並ぶ一角であった。瀟洒な白い邸宅が広い緑の中にぽつんぽつんと並んでいた。どれもきれいに改築され、白く輝いていた。家は一般に貸し出されているという。これらの洋館が点在する一角は正に緑の公園である。ただ、人が住んでいるのに生活感がなかった。
最も驚いたのが、中央部の自然保護区である。シンガポールに行く前は、国中ビルだらけだろうと思っていたが全く違っていた。シンガポールの中央部には人の住んでいない広大な熱帯の森が広がっているのだ。それは、貯水池の水源保護の役割も果たしている。ただ熱帯の森といっても、マラリア蚊が蔓延したりヒルが頭上から降ってくるということはない。それでも、1930年代までこの森にトラが住んでいたという。森の中には散策用の整備された歩道もいくつかある。街の中心から車で20〜30分も走ればこの森の入り口に到着する。
シンガポールのことを公園都市と呼ぶらしいが、ぴったりの言葉だ。国全体がきれいに整備された公園である。緑は繁殖しすぎないように常に手を施され、建物も黒ずまないよう常に化粧される。見事な都市計画の結果であり、それを維持するのに多大な労力をかけ続けている。
ということで、続きは明日以降に。

すばらしきサンバの仲間たち

2005/02/16 水曜日 - 02:09:20 by 後藤 修身

ここ数年、音楽とは遠ざかっていたが、2週間ほど前に Apple の iTunesというソフトを
windowsマシンにインストールした。このソフトは元々 iPod 用ソフトとして開発されたなのだが、iPodがなくてもパソコン上だけで使えるしwindowsでも快適に動く。また、すこぶる使い勝手がいい。埃をかぶった状態になっていた100枚弱のCDをかたっぱしからMP3化してパソコンがジュークボックスとなった。でも困ったのがレコードである。数年前にプレーヤーを処分したのだが、もっとも聞きたかったのが、「すばらしきサンバの仲間たち」という20年ほど前に買ったレコードだ。CDレンタル店に行ってもこうしたマイナーなCD(サンバ界では非常に有名らしい)は置いていない。で、CDを新たに買うことになった。
待望のCDが先日届いた。やはり素晴らしい。本物は何年たっても色あせない。逆にますます輝きを増している。サンバというとあの派手なリオのカーニバルのパレードと音楽を思い出すのが普通であるが、このCDに納められているサンバは趣がだいぶ違う。サンバの巨匠たち(といっても、町のじいちゃんたちといった雰囲気)がゆったりしたリズムで人生をかみしめながら歌っている。その声には、喜び、悲しみ、夢、あきらめ、etc… 人間の感情全てが表現されている。しかしそれは激しいものでも押しつけがましいものでもない。あくまでも抑制がきいた声だ。だからこそより深みがある。また、じいちゃんたちのバックを若者たちが心を込めてサポートしている。聴いていると元気が沸いてきたり、切なくなったりする。これを書いている今も目の前でじいちゃんたちが歌っている。
ネットで探すと試聴できるサイトがあった。Daiki-sound というインディーズの音楽情報のサイトだ。ここの検索で「すばらしきサンバの仲間たち」を出すと、2曲だけだが頭の部分を試聴できる。

マスメディア、現実と偏向と嘘

2005/01/20 木曜日 - 02:48:02 by 後藤 修身

朝日とNHKの間ですごいことになっている。日本のマスメディア同士でこれだけ非難し合うというのは前代未聞である。最初はメディアへの政治の介入が争点だったのが、どうも朝日の記事がねつ造かどうかということが争点になってしまったようだ。
実際にねつ造かどうかは別として、メディアの記事についての一般論をちょっと書きたい。新聞やテレビの取材を受けた経験のある方は分かると思うが、実際に記事になったものを見ると違和感を感じる場合が多いと思う。しかし、それはしょうがない。全てを載せるスペースもないし、インタビューを全て載せたとしても退屈なだけだ。記者というフィルターを通すことによって現実がより凝縮される。ただ、フィルターには凝縮以外にも偏向という要素もある。偏向という言葉が悪ければ個性というように言い換えてもいい。私自身、人の話を元に文章を書くときでも、その文章の主題に合うものだけピックアップしている。そうそう、もうひとつ忘れていた、面白さだ。写真を雑誌に掲載するときでも、一般読者が興味をひくセンセーショナルな写真でないとなかなか載せてもらえないということになる。
現実を面白く偏向(個性化)して凝縮させる、こうしてメディアに流れる記事や映像が生まれる。しかし、報道に関しては偏向や興味本位は極力抑えないといけないのは当然だ。でも人間のやること、無色透明不偏不党などありえない。どの報道記事でもある程度の偏向があると思わなければいけないが、ときには偏向を通り越して嘘が入ることもある。
有名なのは朝日の珊瑚事件だ。カメラマンが自分で珊瑚に傷を付けて撮影し、「心ないダイバーの仕業」という記事になったのだ。最終的には、朝日の社長が辞任するということになったが、このカメラマンの心情も理解できる。環境問題を訴えようという正義感と面白いものを作って注目されたいという自己顕示欲だ。この正義(観念的正義というべきか)というのが特にくせ者だ。正義と現実の間に齟齬をきたした場合は現実の方が間違っていると思う場合がある。珊瑚のカメラマンも、環境保護という大きな正義のために珊瑚を傷を付けても何も問題ないと思っていたのではないだろうか。
そして今回の朝日の記事だ。記事自体が嘘かどうかはまだ分からないが、かなり偏向度が強いのは確かだ。朝日新聞、ここはとことんNHKとやり合って、真実は何だったのかというのを見せてほしい。