サイクロン

2008/5/8 木曜日 - 3:21:35 by 後藤 修身

ミャンマーでは、サイクロンによる想像できなほどの被害が出ている。
一時はヤンゴンへの電話、メールが一切通じなかったが、少しずつではあるが回復してきている。ただ、イラワジデルタの地域の詳しい状況はほとんど入ってきていない。島ひとつが全滅したなどの報道もあるので心配だ。

チベットとヤンゴン

2008/3/18 火曜日 - 0:41:29 by 後藤 修身

チベットには行ったことはないが、隣のインド国内にあるラダック(ここもチベット人らが住む地域)には2ヶ月半ばかり滞在したことがある。また、チベット専門のカメラマンやチベットに通い続けている画家の友人たちも周りにいる。チベットの事件は私にとっても人ごとではない。

今回のチベットに対する中国の処置は見事である。デモの鎮圧を始めてからは、外国人の立ち入りを禁止し、電話は通じにくくし、インターネットは検閲(これはいつもだが)し、外国人旅行者が撮影した映像は没収と、ラサを完全に封鎖してしまった。内部からの情報はほとんど出てこない。そして出てきた映像は国営の中央テレビの、 チベット人が暴れている姿のみ。ヤンゴンのときとは大違いである。

ヤンゴンのデモでは毎日トップニュースでデモ隊の映像が流れ、発砲する兵士の姿、生でヤンゴン在住の日本人との電話インタビューと、連日生々しい映像がいっぱいであった。ネットでも多くの写真やビデオがあふれていた。もしかしてミャンマーは報道が自由な国?と思わせるような状況であった。もちろんミャンマーで報道が自由なわけではなく、政府の取り締まりの力がないだけだ。中国と比べるとまるで大人と子供だ。今回、改めて中国の恐ろしさを感じた。「中国はチョットおしゃれな北朝鮮」と表現しているブログがあったが、まさにそうだ。「発砲していない」「動乱はダライ・ラマ派の企てだ」「不法分子が残忍な手段で無実の人民を殺した」「分離主義に反対し安定を守るため、人民戦争を戦う」「デモ参加者らに最後通告をし、降伏を求める」、これはおしゃれするのを忘れてしまって素顔を見せたんだろう。これが中国共産党政府だ。

それにしても情けないのが日本のマスコミだ。テレビに出てくるのは中央テレビの映像ばかりだ。この映像を流すのなら、プロパガンダだとはっきりと説明するべきである。それをたいした説明もなしに何度も流している日本のテレビは中国政府の思うように動いてる。先ほど、報道ステーションでチベットのニュースをやっていたが、これにはあきれてしまった。コメンテーターである朝日新聞の加藤千洋氏が、「現地の情報があまり伝わってこないのが悩ましい」とジャーナリストであるべき自分の職務を放棄したような口ぶりで、中国政府の責任をごまかしている。あげくに、中国の対チベット政策は「よかれと思って」やったと言う。加藤氏は去年のヤンゴンのデモのときはミャンマー軍政を強く批判し、日本政府はもっと圧力をかけるべきだと言っていた。加藤氏のような親中派ジャーナリストほどミャンマーの軍政に厳しいというダブルスタンダードが多いのは私の気のせいだろうか。

今回のチベットの事件を知るために参考になるブログふたつと、気になる記事ひとつ紹介します。

「中国はチョットおしゃれな北朝鮮」と表現した御家人氏のブログ
http://blog.goo.ne.jp/gokenin168/e/61966f5d260dd235725065fc1a7a19c6

北京で奮闘する産経新聞の福島さんのブログ
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/513692/

チベットでは500以上殺されたというインドの新聞社India Dailyの記事。これが本当だとすると大変なことだ。
http://www.indiadaily.com/editorial/19252.asp

今度はチベットで

2008/3/15 土曜日 - 3:29:22 by 後藤 修身

数ヶ月ぶりのブログになってしまった。
ひさしぶりのブログなのに、またまたデモの話だ。しかし、ミャンマーではなく今度はチベットだ。数日前からラサでデモが行われているというニュースがあったが、それほど気にしていなかった。ところが今日、デモ隊と治安部隊が衝突して死者が出てしまった模様だ。

http://www.yomiuri.co.jp/world/news/20080314-OYT1T00819.htm
http://fukushimak.iza.ne.jp/blog/entry/511887/

ラサで大規模なデモがあったのは1989年の3月、ちょうど19年目だ。ヤンゴンでは1988年8月に大規模なデモ、その19年目の2007年、去年のデモである。奇しくも同じ19年目だ。

そして、あの天安門事件が1989年6月である。オリンピックで盛り上がっている北京だが、ここにも同じ19年目が来るのだろうか?

セミナー「20年目の軍事政権:いまミャンマーで何が起きているか」

2007/11/1 木曜日 - 3:11:41 by 後藤 修身

11月7日に「20年目の軍事政権:いまミャンマーで何が起きているか」というセミナーがある。
http://www.spf.org/newsevent/071017.html

パネリストは、
工藤年博 JETROアジア経済研究所 主任研究員
伊野憲治 北九州市立大学大学院基盤教育センター 教授
土佐桂子 東京外国語大学外国語学部 教授
丸山市郎 外務省総合外交政策局 外交政策調整官

という、非常にバランスの取れた人選で、議論も深まりそうだ。センセーショナリズムや表面的な面白さだけを狙ったマスコミの報道に辟易している方はぜひ見に行ってほしい。

ところで、31日にパコグーで100人以上の僧侶によるデモが起こった。
http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20071031-00000217-yom-int
パコグーというと、今回の大規模なデモの始まりとなった町である。

週刊新潮、山口元大使の手記

2007/10/7 日曜日 - 17:29:21 by 後藤 修身

今発売している週刊新潮、10月11日号が手元にある。この146〜149頁に『スー・チー女史が「希望の星」という「ミャンマー報道」は間違っている』という元ミャンマー大使の山口洋一氏による手記が出ている。私の友人たちの間でもこの手記のことは話題になっている。今の時期に軍政を支持するというのは一種の勇気かもしれないが、事実誤認が多い。いくつか取り上げてみたい。

実は、デモを行っているのはいわゆる一般市民ではなく、言葉は悪いですが、その多くは無頼漢や与太者、失業者などで、NLDから金銭の提供を受け、動員されているのは事実なのです。

これは、デモが盛んに行われていた頃に国営放送が放送していた内容と同じである。ミャンマーの国営放送は中国の国営放送と同じで、当局の都合の悪いことは流さない、政府の宣伝放送局である。私はデモが盛んだった頃何度もヤンゴン在住のミャンマー人や日本人に電話で聞いたが、今回のデモについては血気にはやった若者はいても、無頼漢や与太者と呼ばれるような人たちはいなかった。また、NLDから金銭の提供があったという証拠は現時点では出ていない。88年の『民主化暴動』のときは、文字通り暴動に近い事態になり、山口氏の書いている無頼漢や与太者たちが騒ぎに乗じて盗みを働くということが多くあった。

その証拠に、96年、ヤンゴン市内でスー・チー女史の乗った自動車が、暴徒に囲まれ、立ち往生する事件がありました。彼女の身に危害が及ぶ寸前、警官が暴徒を排除し、守ったのです。

これは、1996年8月にヤンゴンのダラー地区で起きた車内ろう城事件のことだと思われる。この時期、スーチーは自宅軟禁から解放されていた時期で、政治活動を行おうとヤンゴンから地方へ車で出発したがダラー地区で軍政当局に制止された。そこで、スーチーは軍政に抗議するため、車内に数日間ろう城した。ろう城した理由については、軍政の横暴を海外にアピールする意味があったためだともいう。

88年当時、国内では18の少数民族が、反政府の武力闘争を繰り広げていました。首都に住む市民でさえ、日常的に銃声を耳にしていたほどの激しい内戦だったのです。

私は87年に初めてミャンマーを訪れたが、その当時ヤンゴン市内は平穏であった。80年代JICAの仕事で数年間ヤンゴンや地方住んでいた方と親しくしているが、ヤンゴンで日常的に銃声という話は聞いたことがない。この当時、ヤンゴンを含むビルマ族が多く住む地域は平穏で、シャン、カチン、カレンなどの少数民族の地域では戦闘が続いていたというのが事実だ。ヤンゴンで銃声というのは、50〜60年代のことである。

他にも事実誤認があるが、これくらいにする。山口氏の手記が全て誤りとは言わない。スーチー善、軍政悪という視点でしかミャンマーを語らないマスメディアに問題があるという、山口氏が指摘する点については、私も賛同するところがある。しかし、事実誤認を前提としたこの手記では逆効果になると思う。それに、ミャンマー問題に詳しくない一般の人がこの記事を鵜呑みにする危険性がある。週刊新潮も影響力のある週刊誌だから、もう少し注意して記事を載せるべきではないか。

実は、山口氏とは以前日本で一度お目にかかったことがある。ミャンマーから伝統舞踊のグループが来日したときに、山口氏が個人的に鎌倉へ招待したということがあり、そこに私も同行したのだ。そのときの山口氏は全然官僚らしくなく、誰にでも気さくに接する方で好印象であった。その方がこのような手記を書くのは、氏の周りの人たちが偏った人たちばかりのせいだろうか。残念である。

制圧宣言

2007/9/30 日曜日 - 4:15:13 by 後藤 修身

あっけなく終わった。
10万人規模といわれたデモからまだ1週間経っていないが、昔の出来事のような気がする。あとは小競り合いは残るであろうが、もう終わったも同然である。後残るのは、僧侶たちによる、軍、政府関係からの布施の受け取り拒否や軍関係の行事への出席拒否などの非協力、不服従程度のことしかできないだろう。ただ、ミャンマーの仏教界も一部では乱れているので、政府に絡め取られている高僧も中にはいる。

インターネットの閉鎖

2007/9/28 金曜日 - 15:02:52 by 後藤 修身

さきほど、ヤンゴンの友人より電話連絡があった。インターネットが完全に閉鎖されたらしい。もちろんメールも使えない。

その友人が現在いる場所は、ダウンタウンからちょっと離れたところだが、回りは異常に静かだという。市民の間では、今日も午後からデモを行うという話が伝わっているらしい。 どういう事態になるか非常に心配される。

ヤンゴン9月27日

- 4:20:33 by 後藤 修身

日本人カメラマン死亡のニュースでは、みなさんにご心配をかけることになってしまった。
私は長井さんとは面識がないのだが、作家でもある友人の高野さんが学生時代のコンゴ探検のときに懇意にしたという。こういう話を読むと、長井さんが面識のない人ではなくなる。「ご冥福をお祈りします」と心から思う。

ここのところ連日ヤンゴンの友人たちに電話をしているのだが、今日は今までになく電話が通じにくかった。特に携帯電話には通じにくい。呼び出し音が鳴っているはずなのに相手が出ない。数時間後にやっと一人に通じた。友人は、ずっと携帯電話を手元に置いていたという。携帯の回線状況が非常に悪いようだ。今日は、ダウンタウン、タムエ、南オカラパで特に騒ぎが大き、銃声も響いていたという。しかし、郊外は比較的平穏だったようだ。

今回、こんな事態になるなど全然予想していなかった。これからどうなるか、全然分からない。

日本人死亡

2007/9/27 木曜日 - 20:06:23 by 後藤 修身

ヤンゴンが大変な事態になっています。18時半頃ヤンゴンにいる友人からメールが入り、ヤンゴンのあちこちで銃声が響いているそうです。
さきほど、新聞社の記者から電話があり、日本人カメラマンが1人死亡したそうです。詳細は不明です。

私は日本にいます。

エミさんの死

- 3:48:29 by 後藤 修身

ヤンゴン在住の日本人にデモの話いたとき、急にエミさんの死が伝えられた。突然のことに驚いた。

2007年9月26日午前3時15分、エミさん(本名:鈴木孝子さん)死亡。93歳であった。1935年、エミさんはビルマの映画の父と呼ばれたウー・ニプと結婚、日本に帰ることもなくずっとヤンゴンの人であった。こちらのページにエミさんのことが書かれている。

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私はエミさんとは5〜6回お会いしたことがある。江戸っ子をそのまま絵にしたような雰囲気の、しゃきしゃきした人であった。エミさんの家を訪問したとき、私の薄汚れたパナ(ミャンマーサンダル)を見て、すぐに新しいパナを店から取り寄せて「これを履きなさい」と言われたり、日本からのお土産は何がいいかと尋ねると、「亀の子たわし」と答え、「掃除には亀の子たわしが一番だよ」言っていたエミさんをなぜか思い出した。

最後を看取った孫娘のRさんと電話で話をした。苦しむことなく静かに亡くなったそうだ。1ヶ月ほど前、
「私もちょっと疲れた。これくらいでいいかな」
と珍しく気弱な言葉を吐いたが、Rさんが
「おばあちゃんのこと、みんな大好きなの。おばあちゃんがいないと、みんな困るの」
と答えると、
「そうだね。もっとがんばらなくちゃ」
と気を取り直したという。葬儀はエミさんが望んだ通り、ミャンマー式で行うという。エミさんはミャンマー仏教を深く信仰していた。そういえば、以前話をしていたときに、
「ビルマの仏教はいいわよ」
と、しみじみと言っていたのを思い出した。

ところでエミさん、昔からデモが大好きだったという。ちょうどデモ隊があふれた日、その日に亡くなるなんてエミさんらしいと、Rさんと納得しあった。

混乱と平穏

2007/9/26 水曜日 - 22:40:47 by 後藤 修身

ヤンゴンの情報が錯綜している。
当局がデモ隊に実力行使した結果、僧侶が一人死亡したという英語のニュースが複数出ている。

Moment of truth for Myanmar’s military

死亡したのは5人だ、7人だというような噂がヤンゴンで飛び交っているが、本当のことは分からない。それに、海外メディアだと、威嚇発砲だけで警棒で実力行使をしているという内容が多いが、地元では、軍がデモ隊に直接発砲したという情報もある。情報は混乱しているが、いずれにしても、政府はデモに対しては実力行使するということを態度で示した。88年の再来である。

しかし、88年との大きな違いもある。当時はヤンゴンのほぼ全域で大きな混乱が起きていた。デモは無秩序であったし、その混乱に乗じて盗みを働く者も多かった。しかし、今回はデモ隊と当局の衝突現場では大きく混乱したが、それ以外は妙に平穏だという。普段とまったく同じだというのだ。

当局の実力行使が行われた翌日、明日は僧侶と人々がどう動くだろうか。一般論で考えると、このまま徐々に下火になるのが普通である。武器を独占する軍にはかなわない。しかし、僧侶に対して実力行使に出たということで逆に人々の怒りに火がつき、今日以上のデモが続くようだと、もっと多くの血が流れるかもしれない。

それと、デモに参加した僧侶たちの逮捕が今晩からはじまるという情報がある。夜間外出禁止令が出たのもそのためだという。

夜間外出禁止令

- 3:18:23 by 後藤 修身

ヤンゴンの友人からさっき電話があった。マンダレーで夜間外出禁止令が出たという。25日夜、マンダレーの町を「明日より、夜9時から朝5時まで外出禁止」と告げる広報車が走っていたそうだ。その友人の知り合いがちょうどマンダレーに行っていて、広報車の拡声器から流れる声を聞いたのだ。この記事を書いているちょうど今しがた、Yahoo英語版のAP電にも出た。

Myanmar bans gatherings, imposes curfew

この記事によると、夜9時から朝5時までの外出禁止令は60日間の処置だという。

追記:
マンダレーだけでなく、ヤンゴンも夜間外出禁止令が出ていました。
2007/9/26

10万人

2007/9/24 月曜日 - 21:47:45 by 後藤 修身

ヤンゴンで10万人規模のデモになった。日経新聞では「僧侶や市民ら20万人近く参加」と書いている。いずれにしてもすごい数である。あれよあれよというまに事態が動き、新しい段階に入ったようだ。私もこれほどのことになるとは思っていなかった。ヤンゴンに住むミャンマー人に聞くと、「変わるのを期待するけど、88年のときや、今のイラクみたいになるのはいや」と言っていた。正直な気持ちだろう。

こちらの SONE SEA YAR というビルマ語のサイト、最新の写真やビデオが載っている。ミャンマー国内からの投稿が集まっているサイトだ。

追記:
ビルマ語を表示するためには、zawgyi1, zawgyi-one というフォントが必要だ。フォントは、
http://www.mizzimaburmese.com/
のサイトの右上、DOWNLOAD FONTS  ZAWGYI1 | ZAWGYI-ONEにリンクされている。これらのフォントをダウンロードしてインストールすればビルマ語が表示される。
2007/9/26

僧侶のデモ

- 1:43:23 by 後藤 修身

日本でもミャンマーの様子が毎日報道されるようになった。僧侶のデモである。ブログの前の記事で、やらせ?というようなことを書いたが、全然違う雰囲気になってきた。ミャンマーでは僧侶が非常に尊敬されているので、軍も手出しはできない。ただ、ひとつ不思議なのが僧侶のデモがあまりにも計画的に整然としていることだ。

毎日新聞の記事によると、

在バンコクのミャンマー人民主化団体によると、「全ビルマ僧侶連盟」は先月中旬から物価高騰に抗議するデモが起きたのを受けて、民主化を目指す若手僧侶を中心に結成された。

反政府デモを組織的に指揮できるような組織が1ヶ月足らずでできるわけない。ということで、ヤンゴンに住むミャンマー人に聞いてみた。

今回は本当のお坊さんたちだという。というのも、88年のデモのときには、ニセ僧侶もかなり混じってい たからだ。また、僧院によってデモをするところとしないところがあるという。デモに参加している僧院は全体の中では一部の僧院 で、その僧院の中から若い僧侶たちが参加しているらしい。そうした僧院同士で連絡しあっているのだが、「全ビルマ青年僧侶連盟」が後ろにいるのではないかと言っていた。この団体はタイに本拠がある反政府の僧侶たちによるグループだが、ミャンマー国内でも同調する僧侶たちがいて、密かに組織化されていたようだという。24日には一般市民にも呼びかけて大きなデモをやるそうである。

そのミャンマー人に僧侶のデモについての個人的感想を聞いてみた。
「最初はお坊さんたちのデモに共感したけど、最近は政治的になっていてちょっとおかしい」
と言っていた。政治的になることがおかしいというのは、ミャンマーやタイでの上座部仏教では共通した考え方だ。僧侶になるということは、現世との繋がりを切ることだからだ。親も子も妻も家も地位も金も全ての縁を切ることで、修行に励むことができるのである。もちろん、政治には関係しない。ミャンマーの仏教が仏教が生まれた頃に近い形で残っているのはこうしたことがあるからだ。
もう一人、日本に住むミャンマー人に聞いてみた。この人は難民の資格を得た人で、英字新聞にも時々投稿している。その人が、「みんなクビだ」と過激なことを言っていた。彼は仏教については非常に純粋なところのある人で、彼からすると、「反政府だろうが親政府であろうが、政治活動するのは僧侶ではない」という。

私が聞いた二人は僧侶のデモに批判的だったが、ミャンマー人の多くがそう思っているのかは分からない。 これからデモの規模が大きくなると、不測の事態が起こるのが心配だ。