マヌサーリー

ミャンマーの人気作家、ミンテインカの『マヌサーリー』を読んだ。ミャンマー人作家の本はひさしぶりである。今まで日本語に翻訳されたミャンマー人作家の本を何冊か読んだが、正直いって面白い本はあまりなかった。マ・サンダーの『欠けている所を埋めて下さい』は非常によかったが、それ以外はいまひとつであった。ということであまり期待をしていなかったのだが、なんのなんの、けっこう面白かった。

植民地からの独立間もない民主主義の時代でもあった1950年代、骨董屋を営むアウントゥンが古い小さな壷を手に入れたのがきっかけに、次々に起こる不思議な事件。そして、幻の美女マヌサーリーを探し求めることになる。幻の美女というのはよくあるパターンであるが、悲しき男の性で、美女というだけでわくわくしてしまう。物語はインドに話が飛んだりブッダの生まれる前の時代に飛んだりとスケールが大きい。ミャンマー版伝奇小説といった雰囲気だ。日本でいうと泉鏡花や半村良あたりか。といっても、泉鏡花は読んだことはない。半村良なら昔、一時凝っていた頃がある。ミンテインカの本にも、超能力、錬金術、瞑想といった世界が広がる。ミャンマーでは今でも不思議がたくさん残っている国だ。パゴダ、精霊、幽霊、占い、超能力修行僧ウェイザー、その他もろもろ不思議がここそこの路地にうごめいている。本をめくるとそんなミャンマーの香りがぷんと匂ってくる。しかし、不思議なことに半村良の伝奇小説を読んだときのようなどろどろとした感じはない。それは基本に仏教的世界観があるからだろうか。善悪が倒錯したようなところがないのだ。もしかして、表現の自由が制限されているミャンマーなので書けない部分があるのかもしれない。

訳者の高橋ゆり氏によると、ミンテインカは1939年ヤンゴン生まれで、小学校からカソリック系の学校で学んだ。高校中退後、駅の職員、国軍兵士、夜警、露天商、米穀仲買人を転々としたという。デモに参加したため獄中生活も経験している。37歳のときに占い師を開業し、このときに小説家として初めて本を出版した。ミンテインカ自身、小説の主人公になりそうな経歴を持つ男だ。現在では占い師としても非常に有名である。小説家としてのミンテインカは、一般大衆には非常に人気があるが、純文学ではないということで文学界やインテリ層からは無視されている作家という。こういうのは、日本でもよく聞く話である。といっても、日本では昔ほど純文学がもてはやされることもなくなったが。

ともかく、ミャンマー人の心の中を覗いてみたい人にはマヌサーリーの一読をおすすめします。

Posted by 後藤 修身